談/辰巳芳子(料理家)
脂の乗った鰯が出回る季節になったので、高知の知人に電話をしたら、「うるめ(鰯)の丸干しはあるが、ただのめざしはないね」と言っていました。心細いですね。日本は農業国であるだけでなく、海の魚によってたんぱく質を得ていたのですが、温暖化などであてにならなくなっています。
うるめの丸干の季節には、やはり熱燗でしょう。私の父は、盃に庭の柚子の皮を一片浮かべて飲んでいました。それは、胸のところのつかえがスッと取れるような姿でした。色気と言ってもいいかもしれません。
私たちは小さなお皿に柚子のへぎを5片ほどを誂えて、父のお膳に置くのが常でした。お酒を飲む風景にそういう「色気」があることを、今、知っている人は少ないでしょうね。
柚子の香りがしなくなってくると、父は箸の先で柚子のへぎをちょいと突くんです。そうするとまた香りが立ってくる。箸の先で、柚子の皮をちょっと突いては飲む。そういうのは、やっぱりその人の直感力だと思います。そうしたひらめきの源には、「色気」があるのです。
また、お燗しながら、魚に少しだけそのお酒をかけて焼くと、魚の身がふっくらして生臭さがなくなります。今言ったような一つのひらめき、色気がそういうことを思いつかせるのです。何も豪華な食材を揃えて型通りに料理しなくてもいい。酒の肴というのは、家の庭にあるものでも工夫して、季節を愉しむことができます。それには敏感さと直感力が必要です。
私は、日本の庭には3本の木が必要だと思っています。それは、梅と山椒と柚子。いずれも季節ごとに食卓に旬を運んでくれるものです。今時分ならば、柚子の皮の一片を盃に浮かべたり、新もののいくらを柚子釜に入れたり。そういう日常の細やかな気づきが、心をスッと収めてくれる。日本の風土が育んだ知恵だと思います。
温暖化によって、海の魚が獲れなくなって、値段も高くなりました。にもかかわらず、私は魚を食べる方がいいと思っています。魚を食べる人がいれば、漁師さんは漁に出るでしょう。そうして私たちに魚を届けようとなさるでしょう。みんなで海の保全も考えるかもしれない。そうして、市場に並ばなくなっためざしも、また食卓に上るようになるかもしれません。
ご紹介する高知県のうるめいわしの丸干は、とてもいい状態のまま冷凍で送っていただけます。何セットかを取り寄せ、熱燗をつけながら、さりげない旬の肴が焼きあがるのをゆっくりと待つのも、季節の愉しみではないでしょうか。
談/辰巳芳子(たつみ・よしこ)
料理家。1924年生まれ。聖心女子学院卒業。家庭料理、家事采配の名手として今も語り継がれる母、辰巳浜子の傍らにあって料理とその姿勢を我がものとし、独自にフランス、イタリア、スペイン料理も学び、広い視野と深い洞察に基づいて、新聞、雑誌、テレビなどで日本の食に提言しつづけている。 近年は、安全で良質の食材を次の世代に用意せねばとの思いから「大豆100粒運動を支える会」会長、「良い食材を伝える会」会長、「確かな味を造る会」の最高顧問を務める。
【辰巳芳子さん推薦】
高見商店//宇佐もん工房
一本釣りうるめいわしの丸干(1日干)
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問い合わせ先は宇佐もん工房 info@urume.jp へ
協力/高知パレスホテル
撮影/小林庸浩、構成/尾崎靖(小学館)
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