文/鈴木拓也

隣り合っていながら絶対に負けられない「犬猿県」の終わりなき戦い

日本には、県境が未確定なところが14か所もあるという。

その1つが富士山の山頂と東側5kmほどの斜面。隣接する山梨県か静岡県かで長い間揉め、今は公式には「富士山の山頂付近については境界未定地」ということになっている。

もっとも、山梨県庁のホームページには「富士の国」というキャッチフレーズがあり、静岡県庁のホームページには「ふじのくに」とあって、両者とも一歩も譲らない。県民たちも、「富士山といえば山梨県側から見た姿。千円札の裏にも描かれているくらい美しい」(山梨県民)、「静岡側から見た富士山を表富士という。山梨側から見るのは裏富士。つまりB面」(静岡県民)などと対決姿勢をあらわにする。

こうした隣接する県同士の対抗心の数々をまとめたのが、10月に刊行された『犬猿県 絶対に負けられない県が、隣にいる!』(ワニブックスPLUS)だ。

本書では、「栃木VS茨城」、「千葉VS埼玉」、「岩手VS宮城」など、歴史的経緯もからんで容易に決着がつきそうもない、けれど、「絶対に負けられない」バトルが綴られている。

他県民からすれば「どっちだっていい」ものでも、県民性や名物自慢まで踏み込んで、読み応えは十分。以下、例を挙げよう。

■互いに張り合う栃木と茨城の共通のライバルは埼玉!?

栃木と茨城は、どちらも「北関東ナンバーワン」を自認していることから、様々な事柄についてライバル関係にあるという。

人口については、栃木は199万人に対し、茨城は296万人と明白な差がついている。が、栃木には世界遺産の日光東照宮を含む「日光の社寺」があり、「宇都宮の餃子」や「佐野ラーメン」といった食べ物自慢がある。それを言うなら、茨城には日本三大名園の偕楽園があり、有名な「水戸の納豆」があるという具合。

そして両県は、埼玉にも対抗意識を燃やしているというが、埼玉は埼玉で千葉を相手に、「1都3県の最下位をめぐる熾烈な争い」を繰り広げる。こちらは、長年東京のベッドタウンとして発展してきたせいか、「どちらが都会か」という尺度で争ってきたが、昨今は観光資源という軸が加わって、埼玉が押され気味のようだ。

■鳥取VS島根は「どっちもどっち」?

お互いをライバル視することでは、全国でもダントツなのが鳥取県と島根県。これは、都道府県別人口で最下位の2県(鳥取=57.5万人、島根=69.6万人)で、何かと地味な印象をもたれることが根底にあるらしい。

島根は、2011年から「自虐カレンダー」を発売。カレンダーには、「世界遺産があると言っても、信じてもらえない」、「また来るぜと言っていたバンドが二度と来ない」といった自虐性あるキャッチが載り、これがウケている。そして、都道府県で唯一スターバックスコーヒーのない鳥取は、「スタバはないけど日本一のスナバ(砂丘)はある」という鳥取県知事のダジャレが話題を呼ぶなど、ちょっとすねたアピール要素が取り上げられている。

もっとも、島根には国宝の出雲大社、世界遺産の石見銀山があり、鳥取には日本最大の砂丘や名物の豆腐ちくわがあるなど、なにも自虐しなくてもよさそうなものだが…

*  *  *

このほか、明治維新期の戦乱で遺恨がいまだにある熊本VS鹿児島、四国ナンバーワンの座を争う香川VS愛媛などが紹介されている。

県民性研究の第一人者である著者によれば、こうしたライバル関係は「DNAに染み込んでいる」と述べるが、少子化や封建的な価値観の消滅とともに「『敵対』『対立』という図式は少しずつゆるくなってきている」とも見る。そして、「対抗心をうまくコントロールしながら、新たな協力関係を作っていく」ことを期待している。

確かに、人口減少を迎えるこれからの時代、いがみ合うよりも仲良くする方が得策だ。一方で、酒の肴的にお国自慢をしながら隣県をちょっといじってみるのもアリだろう。そのネタ帳としても、本書はおすすめの1冊といえそうだ。

【今日の面白くてためになる1冊】
『犬猿県 絶対に負けられない県が、隣にいる!』
https://www.wani.co.jp/event.php?id=5991
(矢野新一著、本体896円税込、ワニブックスPLUS)
犬猿県 絶対に負けられない県が、隣にいる!

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。

 

 

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