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ジャズ文脈から考えたビートルズの音楽の魅力とは【ジャズ・ヴォーカル・コレクション50】

文/後藤雅洋

ビートルズ音楽の多様性

今回2度目となるビートルズ・ジャズ・ヴォーカル特集に先立ち、ビートルズの音楽の魅力とは何かあらためて考えてみました。

この記事は、第50号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカルvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)からの転載です。

団塊世代の私はビートルズを同時代的に体験しています。日本にビートルズの音楽が最初に届いたのは、彼らのヒット曲「抱きしめたい」が話題になったときでした。1964年、まだ高校生の私は熱心な音楽ファンというわけではなかったのですが、その私にもラジオから流れるビートルズの歌声は衝撃的でした。

その「衝撃」を気の利いた言葉になどできませんでしたが、あえて思い返してみると「今まで聴いたことのない音楽」ということに尽きると思います。しかし、この感覚はなかなか伝わらないこともまたよくわかるのです。というのも、現代のポピュラー・ミュージックはビートルズが切り拓いた地平の延長線上にあるので、今ではごくふつうの素敵な音楽としか感じられないのですね。

ではビートルズが切り拓いた地平とは、いったい何だったのでしょうか? まず挙げるべきは「若者の声」を代弁しているということでしょう。それまでのポピュラー・ミュージックは「人々の声」こそ代弁していても、「若者自身」の言葉で歌われているわけではなかったのです。ビートルズの出身地イギリスに限らず、世界的にポピュラー・ミュージックは専門の(大人の)作詞・作曲家によって作られ、プロの歌手によって歌われることが一般的でした。そうした中で、ビートルズは自分たちで作詞・作曲した曲を歌った最初の世代だったのです。今ではこうした「シンガー・ソングライター」と呼ばれる歌手はいくらでもいますが、ビートルズはその先駆けだったのです。

とはいえ、彼らがまったくのゼロからスタートしたわけではなく、影響を受けたミュージシャンははっきりしています。それは56年に「ハートブレイク・ホテル」で一躍脚光を浴びたアメリカのロックンローラー、エルヴィス・プレスリーです。ビートルズのリーダー格であるジョン・レノンは、「エルヴィス以前に僕に影響を与えたものはなんにもない」と言明しているのです。

エルヴィスは白人であるにもかかわらず、黒っぽい声で黒人音楽であるリズム・アンド・ブルース(R&B)を歌ったので、ラジオで彼の声を聴いたファンは、彼を黒人歌手と勘違いしたという伝説が残っています。このことから、ビートルズの音楽の源泉のひとつにアメリカのブラック・ミュージックがあることがわかります。

ビートルズ音楽の特徴の2番目は「共作」ということでしょう。彼らの歌う楽曲の多くはジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作となっていますが、どちらが作った楽曲かはっきりしたものを比べると、ふたりの個性はずいぶんと異なっていることがわかります。その違いをひと言でいえば、ポールの楽曲が穏やかでメロディアスだとしたら、ジョンがイニシアティヴを握った楽曲はリズミカルで激しいといった違いが聴き取れます。

この違いはふたりの個性の反映でもあり、人懐っこい穏やかな性格のポールに対する、喧嘩好きで皮肉屋のジョンといった人柄の違いが音楽性の違いに表れているのはたいへんに面白い。しかしそれ以上に興味深いのは、にもかかわらず「共作」が可能だったということですね。これはふたりが親しい友達だったからこそできたことなのです。しかしこの効果は抜群で、ひとりでは不可能な音楽的多様性が彼らの楽曲にはあるのです。

多様性といえば、初期のブラック・ミュージックの影響下から生まれた激しいロックンロール・ビートルズから、ほんの数年後には曲想、歌詞ともに深みのあるロック・ビートルズへと変身したことも特筆しておくべきでしょう。

最後に彼らの最大の特徴として、「グループの音楽」であることもきわめて重要です。たとえばそれ以前のイギリス初のロック・シンガー、クリフ・リチャードなどは「クリフ・リチャードとシャドウズ」というグループで人気を博していましたが、シャドウズはあくまでバック・バンドでしかありませんでした。しかしビートルズは4人全員の音楽なのです。

色付きのスタンダード曲

さて、このようなビートルズ・ナンバーをジャズ・ヴォーカルとして歌うということは、いったいどういうことなのでしょうか? ジャズは器楽演奏、ヴォーカルの区別なく、ミュージカルや映画のために作られた“ティン・パン・アレー”の楽曲を「素材として」採り上げることが幅広く行なわれていました。「ジャズっぽく」歌えば、シャンソンの「枯葉」だってジャズ・ヴォーカルになってしまうことを思い出してください。ですから、ビートルズ・ナンバーが「スタンダード化」したと思えばいいのですね。

しかし先ほど挙げたビートルズ・ナンバーの特徴が、ある意味で「万人向け」に作られた“ティン・パン・アレー”楽曲とは性格を異にしていることも無視できません。ミュージカル・映画音楽の作曲家はあらかじめ歌い手を想定することは難しく、誰が歌ってもいいように作られるのが一般的。他方、ビートルズ・ナンバーは自分たちのための楽曲なのです。ですから楽曲自体が強烈なビートルズ・カラーに染め上げられているのですね。そしてジャズ・ヴォーカルは個性尊重の音楽。ビートルズ・カラーと歌い手の持ち味の相克をどう料理するかがビートルズ・スタンダードの聴きどころなのです。

ビートルズは世界の音楽

では今号CDに登場するジャズ・ヴォーカリストを収録の順番に紹介していきましょう。

akikoは、1976年に埼玉県で生まれた日本人ジャズ・ヴォーカリストです。2001年にジャズの名門レーベル、ヴァーヴに初の日本人歌手として契約、アルバム『ガール・トーク』でデビューしています。そしてこの作品でジャズの専門誌『スイングジャーナル』が主催する「ニュースター賞」を受賞、アルバムも「ゴールドディスク」を受賞しています。500曲に及ぶというジャズ・スタンダードに加え、今回紹介したビートルズ・ナンバーなど、ジャンルにとらわれないレパートリーの幅広さが彼女の強みとなっています。

セルジオ・メンデス&ブラジル’66は第7号「ボサ・ノヴァ・ヴォーカル」第36号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカル」でも採り上げたブラジルのグループです。リーダーのセルジオ・メンデスは41年にリオ・デ・ジャネイロ近郊で生まれました。クラシックの基礎を学んだのちジャズに傾倒し、アイドルはファンキー・ピアニストとして有名なホレス・シルヴァーでした。ブラジルでジャズ・ピアニストとして活動したのち渡米し、ティファナ・ブラスのリーダーでA&Mレコードのオーナーであるハーブ・アルパートに見いだされます。そして結成されたのが女性ヴォーカリスト、ラニ・ホール、ジャニス・ハンセンを擁するグループ「セルジオ・メンデス&ブラジル’66」なのです。

フォー・フレッシュメンは第15号「グループ・ジャズ・ヴォーカル」第22号「ガーシュウィン・セレクション」に登場した、白人男性4人組ヴォーカル・グループです。彼らは48年にロスとドンのバーバー兄弟、そしてボブ・フラニガン、ハル・クラッチによって結成されました。彼らは全員大学の新入生(フレッシュマン)だったことからフォー・フレッシュメンと名乗ったのです。彼らがデビューしたときのキャッチ・フレーズは「グッドバイ・バーバーショップ・ハーモニー」でした。バーバーショップ・ハーモニーとは、黒人が経営する床屋さんがアマチュア・コーラス・グループのたまり場だったことから付けられた名称で、ブラック・ミュージックに大きな影響を与えたコーラス・スタイルです。フォー・フレッシュメンはそうした伝統に対抗する白人的なコーラス・サウンドを目指したのですね。その影響はたいへん大きく、ビートルズと同時代に活躍したロック・グループ、ビーチ・ボーイズは彼らの影響を強く受けたグループだったのです。

小野リサは第30号「ボサ・ノヴァ・ヴォーカルvol.2」、第46号「ムービー・テーマ・ジャズ・ヴォーカル」に登場した日本人ボサ・ノヴァ歌手です。彼女は子供のころブラジルで育ったので、ポルトガル語が得意。その独特の優しい歌いぶりはボサ・ノヴァ以外の楽曲でも魅力的な持ち味を発揮しています。ビートルズの楽曲にはイギリスのフォーク・ミュージックの影響をうかがわせるものがありますが、リサの歌唱はそうしたナンバーとはきわめて相性がいいのですね。

黒人歌手も白人歌手も

「サムシング」を歌うエラ・フィッツジェラルドについては今さら説明の必要もない黒人ジャズ・ヴォーカリストの第一人者です。本シリーズでも創刊号「奇跡の競演」はじめ、第2号「エラ・フィッツジェラルド」第10号「同vol.2」など、さまざまな形で彼女の歌唱を紹介していますよね。

ルー・ロウルズは日本での知名度は今ひとつですが、アメリカでは何度もグラミー賞を受賞し、その実力が高く評価されている黒人ヴォーカリストです。彼は35年にアメリカ中西部イリノイ州の大都市シカゴに生まれました。7歳で教会の合唱隊に入った音楽経歴は、アメリカの黒人歌手に共通しています。そしてゴスペル・グループに加わり兵役を終えた後、アメリカ中西部、そして西海岸を中心にプロ歌手として活動を続けます。そして66年、ジャズ専門誌『ダウンビート』の批評家投票新人賞を受けています。本来はジャズ・ヴォーカリストでしたが、受けたグラミー賞はR&B部門で、R&Bから繫がるアダルト・コンテンポラリーと呼ばれた部門で高く評価されていたことも、日本でのジャズ・ファンの知名度の低さに関係があるように思います。しかしその黒人らしい渋みの効いた歌声は天下一品です。

70年代に一世を風靡したフュージョン界の大物、ジョージ・ベンソンは当初ギタリストとしてデビューしましたが、76年のヒット・アルバム『ブリージン』(ワーナー・ブラザーズ)でヴォーカリストとしても第一級の実力と認められました。本シリーズでも第36号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカル」に登場しており、「ゴールデン・スランバー~ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」で、魅力的な歌声とギターの腕前を披露してくれましたね。

ボビー・マクファーリンは50年にニューヨークで生まれました。父親はオペラ歌手という音楽一家で育ち、6歳でピアノを習い始めています。大学を出た後ピアニストとしてデビューしますが、第15号「グループ・ジャズ・ヴォーカル」に登場したヴォーカル・グループ、「ランバート・ヘンドリックス・アンド・ロス」のリーダー、ジョン・ヘンドリックスとデュエットしたことで彼に認められました。マクファーリンの特徴は声をまるで楽器のように自在に操り、独自の世界を作り上げているところです。

モーガナ・キングは30年にニューヨークで生まれました。彼女は最初オペラ歌手を目指し、メトロポリタン音楽院に学んでいます。20代で幻のジャズ・トランぺッターと呼ばれたトニー・フラッセラと結婚し、56年からジャズ・ヴォーカリストとしてニューヨークのクラブに出演するようになります。彼女の名が一躍有名になったのは64年のヒット曲「蜜の味」を歌ったときからでした。ちょっと癖のある、高音域に偏った独特の声質が特徴で、名ピアニストのビル・エヴァンスは大のキング・ファンでした。

第31号、第44号、そして第46号にも登場した黒人女性歌手、ナンシー・ウィルソンは、そのソウルフルな歌いぶりが特徴です。37年アメリカ中西部オハイオ州に生まれたナンシーは、ジャズ・シーンの変革期に当たる60年代にデビューしたヴォーカリストです。64年にR&B部門でグラミー賞を受賞したことでもわかるように、幅広いジャンルで人気を得たヴォーカリストといえるでしょう。彼女にとってはビートルズはまさに同時代的な音楽だったのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

※隔週刊CDつきマガジン『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)の第50号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカルvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)が発売中です(価格:本体1,200円+税)

この記事は、第50号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカルvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)からの転載です。

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