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久生十蘭が愛用した蠱惑的なる麻雀牌【文士の逸品No.10】

◎No.10:久生十蘭の麻雀牌

久生十蘭の麻雀牌(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

本名の阿部正雄は平凡過ぎる。ペンネームの久生十蘭こそ、フランスの大物演出家シャルル・デュランにちなんだものだとか、「久しく生きとらん」や「食うとらん」の洒落だとか、諸説入り乱れて、この多才で掴みどころのない作家に似つかわしいのだった。

新聞記者を経て、フランス帰りの演出家・岸田國士に師事し、自分も27歳で渡仏。足かけ4年の留学生活で演劇を学んだとも、レンズ光学を勉強したとも伝えられる。自己韜晦(とうかい)の名手だけに、正確な足跡は不詳なのだ。

帰国後、雑誌『新青年』を舞台に本格的に小説を書きはじめた。手がけたジャンルは、推理小説、冒険小説、捕物帖、ノンフィクション・ノベル、ユーモア小説など、種々様々。そのそれぞれに、ペダンティックで凝りに凝った文体と、奔放に展開する想像力が生きていた。

そんな十蘭が愛用した麻雀牌と、彼の生まれ故郷・函館の函館市文学館で対面した。象牙の牌や点棒の使い込んだ肌合いは、それだけで、ルーレットなどの賭博的ゲーム全般に強い興味を示していた十蘭の持ち物にふさわしい。けれど、それらを収納する茶色の革製ケースの方が、パピヨンの翅に彩られてさらに蠱惑的だった。作家の遺した作品群にも通じる、妖しい目眩(めまい)を覚えて。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

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