2023年11月「糸引きマフィン」という見慣れない言葉とともに、食中毒事件が報道された。都内の焼き菓子店があるイベントに出店。そこで販売していたマフィンを食べた人が、嘔吐など食中毒が疑われる症状を相次いで訴え、リコールの対象になった。
その洋菓子店がオーガニック素材であることをうたい、砂糖を極端に使用していないこと、被害者対応が杜撰だったこともあり、非難の対象に。この報道を受けて、2年前からキッチンカーでサンドイッチを販売している正孝さん(70歳)は、「食品を売るのは責任を伴うのに利益が少ない仕事。私も衛生には気を使っている」と、口にする。
正孝さんは現在、パン製造業を営む息子(45歳)夫妻と同居している。30年前に妻は恋人と駆け落ちし、その後離婚。前編では、5000万円の貯金がありながら再就職活動をした背景と、母親に捨てられたショックを抱える息子との生活、息子が移住してパン製造業を営む経緯を紹介した。
【これまでの経緯は前編で】
1日働いて、5000円をもらうのがうれしい
現在の仕事は、平日はパンの配達を中心とした仕事を行い、休日は地元のイベントや催事などにキッチンカーで行き、サンドイッチを販売することだという。
「コロナから学校給食の注文がほとんどなくなってしまい、飲食店へおろしている業務が中心。嫁の両親が話をつけてきてくれて、パンを届ける。息子は私が入るまで、原価計算や販売管理まで手が回っていなかった。元エンジニアだから、いいものを作れば売れると思っているけれど、それは大きな間違い」
正孝さんは、現役時代に大手企業で生産管理の仕事をしていたという。
「コスト計算、経費の管理、季節変動なども考慮に入れて、事業計画を立てる。そういうことをしないと、商売は縮小するしかない。また、息子夫婦は“地元だから”となんでも安く出そうとする。それが大間違い」
正孝さんがかつて清掃のアルバイトをしていたのは、高級老人ホームだ。3年間の勤務でお金の感覚が変わったという。
「富裕層とまではいかないけれど、リッチな人の考え方は庶民とは違う。安ければいいのではなく、確実な品質があり、特別なものを欲しがっている。そういうニーズは絶対にあると思ったんです。利用者さんの会話で“これ、1斤5000円のパンで、2か月前に予約したのよ”というセリフを聞き、そういう視点が大切なんだと思いました」
商品のアドバイスや生産管理などを行い、息子のパン製造業は利益も多くなった。
「まあ、息子はちょっと面白くなさそうにしていますが(笑)。キッチンカーを始めたのも、コロナのときに地域住民以外のお客様を持たねばならない、と私が提案したから。それまで、息子たちは給食、飲食店のほかには、近所の人に販売する程度だったから」
正孝さんのキッチンカーは、息子が作ったパンに、チーズ、ハム、野菜、卵などの具をその場で挟んで売るのみ。とはいえ、正孝さんは『食品衛生責任者』の講習を受けて資格を取得。キッチンカーは使っていない人から50万円で譲り受けた。
「ホントは80万円と言われたんだけど、現金一括で買うといったら値引きしてくれたんです。営業開始にあたり、保健所に聞きに行ったら、丁寧に教えてくれた。営業許可にはキッチンカーの設計図を持って、事前に相談に行くことが必須。ただ、私の場合は、熱源を使わないないこともあり、営業許可はあっさり下りた」
看板などのデザイン、レシピの作成は、嫁が担当した。祭事に出ると、1個500円のサンドイッチが、最低でも50個は売れるという。
「サンドイッチは、50個売っても2万5000円。地元産食材を使用しており原価はおさえているし、ついでにパンも買って行ってもらえるから、まあ儲けは出る。とはいえ初期投資に70万円、燃料費は1日1000円、出店費用5000~1万円を考えると、もっと売らなければ。客単価を上げるためにスープやコーヒーも考えたけど、資材代もかかるし、管理も大変。これからどう単価を上げていくかが課題」
利益は薄くとも、正孝さんは息子から日当を得ている。
「1日5000円。毎日、手渡しでもらっているんだけれど、これがとてもうれしい。私の給料は月6~10万円くらいかな」
【貯金はあり、年金も受けているのに、金にこだわる理由……次のページに続きます】