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森茉莉が可愛がっていた犬のぬいぐるみ【文士の逸品No.39】

◎No.39:森茉莉のぬいぐるみ(撮影/高橋昌嗣)

森茉莉のぬいぐるみ(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

文豪・森鴎外の娘。箸や茶碗より重いものを持たぬお嬢様育ち。それが、二度の結婚と離婚を経た後、特異な美意識に裏付けられた精神的贅沢を追い求める独身生活に入った。

住まいは、東京・下北沢の倉運荘。六畳一間の古びた部屋を、「アパルトマン」という、ちょっと優雅な香りのするフランス語に包み込む暮らし。

部屋の中の調度品も、けして高価なものではない。目を引くのは、進駐軍の払い下げの薄汚れたベッド、美術館にある古びた銅版画のような色をした金属製のスタンド。だが、これらは正しくこれらでなければならず、さらに食器類は言うに及ばず、空壜ひとつ、鉛筆一本も、自分の気に入りのものを選び抜いた。

「自分の好きな食事を造ること、自分の体につけるものを清潔(きれい)にしておくこと、下手なお洒落をすること、自分のいる部屋を、厳密に選んだもので飾ること、楽しい空想の為に歩くこと、何かを観ること」

『贅沢貧乏』に記されたこれら6つのことが、彼女、森茉莉の生活のほとんどすべてだった。

そんな茉莉が身辺に置いて可愛がっていた犬のぬいぐるみ(世田谷文学館蔵)。背丈37センチ。薄茶色。ほぼ二頭身。女優の赤木春恵から贈られたものだという。父譲りの西欧趣味を頑(かたくな)なほどに磨き上げた老婦人の中の、少女のような一面を覗く思い。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

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