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夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、角田光代さんが執筆します。

文・写真/角田光代(作家)

くっきり空に映える桜島(鹿児島県)。昨年(2017年)に仕事で訪れたときの写真ですが、山が近くて、いつも見とれます。

若いときの旅と、年齢を重ねてからの旅を比べて、変わったなあとしみじみ思うことはたくさんある。いちばんの変化はやはりコンピュータと携帯電話の普及だ。今は、初めていくような異国の町でも、スマートフォンで地図を見ることができる。まったく土地勘のない、看板の文字も読めない土地で、ホテルやレストランの名前を入力すれば、自分のいる位置とそこまでの道順が出てくる。絶望的なほどの方向音痴である私には、『ドラえもん』という漫画に登場するひみつ道具が現代にあらわれたとしか思えない。そのアプリを使うたびに感動している。

変化はまだまだある。旅行につきものの写真もデジタルになった。ヨーロッパは貨幣も変わったし、アジアのいくつかの国ではICカードの登場で、交通機関の利用が簡単になった。

でもそれらはすべて、私の変化ではなくて、外側の変化だ。その変化に、ついていけないこともあるが、それでもなんとか私もついていっている。

そういう外的変化とは関係なく、私自身のいちばんの変化はなんだろう? と考えてみる。長旅をする時間的余裕がなくなった、というのがとっさに浮かぶけれど、それもいってみれば外的変化だ。精神的余裕がなくなったのではなくて、仕事や雑事の増加によって時間がなくなったのだから。

1泊1000円以下の宿に泊まらなくなった、とか、ぎちぎちに節約しなくてよくなった、というのも、経済的な変化であって私の内的変化とは違う。内的なことでいうならば、私はいまだに日本円で50円程度をごまかされても、我慢がならない。ときに激昂のあまり泣きながら抗議して取り返したりするのは、25年前と変わらない。私自身の変化はあんまりないということか?

いや、あった。もっとも大きな内的変化は、自然の光景を好むようになったことだ。ビーチリゾートではない海辺、ひとけのない山の、木漏れ日が落ちる山道、森のような広大な公園。雪をかぶった山々の尾根、燃えるような紅葉、咲き乱れる名も知らぬ花、大地を這う雲の影。そういうものを見て、気持ちが浮き立ったり静まったり、泣きそうになったり、帰りたくないと思ったりするようになった。よく考えてみれば、これは若いときには想像もできなかった変化だ。

兵庫県香美町(かみちょう)の棚田。この町は仕事で縁があり、何度か訪れました。日本海に面していて、蟹のおいしい町です(写真は2017年9月撮影)。

私はずっと自然の光景が好きではなかった。ものすごくきれいだと思う気持ちは、どこか恐怖と似ていて、あまりにも完璧にうつくしい光景を見ると私は早くその場を立ち去りたくなった。そこまででもなく、ふつうにきれいな光景は退屈だった。それよりも、人がごちゃごちゃいて食べものの匂い入り交じる、にぎやかな場所が好きだった。泣きそうになり、帰りたくないと願うのは、いつもそういう場所にいるときだった。

その変化は精神的な変化というより、年齢による変化なのだろうと、なんとなく思う。ごちゃついたにぎやかな場所は、30歳前後の私そのものでもあったのだろう。20年後に自然に心惹かれるようになったのは、自分より、いや人間よりはるかに大きな何かを見たい、向き合いたい、知りたいと思うようになったからではないか。そのような変化に気づいて、なんだか私はうれしかった。

文・写真/角田光代(かくた・みつよ)
昭和42年、神奈川県生まれ。作家。平成2年、『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。近著に『私はあなたの記憶の中に』(小学館刊)など。

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