文/矢島裕紀彦
『七人の侍』で知られる世界的な映画監督・黒澤明も、ウイスキーを好んだ。主としてジョニーウォーカーやホワイトホースを愛飲していたというが、テレビCMで国産のウイスキーを飲む姿もさまになっていた。
酒豪といってよく、打ち上げのときなど、三船敏郎や千秋実は、監督と飲むのを恐れて、どこかへ逃げてしまうほどだったという。
だが、最初からそんなに大酒家だったわけではない。映画界入りしたばかりの頃の黒澤は酒はほとんど口にしたことがなく、先輩の助監督からもらった饅頭をむしゃむしゃうまそうに食べていたという。それが、いつからか変貌した。
長年、黒澤の助監督をつとめていた堀川弘通は、その著『評伝 黒澤明』の中で、堀川が初めて黒澤と会った昭和15年にはすでに黒澤は酒豪だったと紹介している。撮影に乗り込んだ盛岡の宿で、連日、床を並べて酒を酌み交わしたのが始まりで、自分は黒澤に仕込まれて酒好きになったと語っている。
黒澤と堀川はその後、都内でもよく一緒にハシゴ酒をしたが、酒の肴はいつも決まって「シナリオの構想」だったという。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。著書に『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。現在「漱石と明治人のことば」を当サイトにて連載中。
※本記事は「まいにちサライ」2012年4月14日配信分を転載したものです。
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