文/矢島裕紀彦

実存主義の哲学者ジャン=ポール・サルトルと、そのパートナーで『第二の性』の著作で知られるシモーヌ・ドゥ・ボーヴォワール。このふたりは、20世紀最強の知識人カップルだったといえるかもしれない。

ふたりは、パリ生まれのフランス人であり、パリに住みながら、ワインでなく、ウイスキーを愛飲していた。毎日の習慣として夕食後に、2~3杯のウイスキーを飲んでいた。飲み方は、ダブルのストレートかオンザロックだったようだ。駄洒落好きの身としては、つい、サルトルの小説タイトルの邦訳(『水いらず』)にひっかけてみたくなる。

昭和41年夏、ふたりは来日した。案内役はパリでふたりと交流があり、日仏を行き来しながら翻訳家として活躍していた朝吹登水子が引き受けた。登水子はサルトルとボーヴォワールの京都行きにも、当たり前のように付き添った。

その京都の宿泊先の老舗旅館で、サルトルは、またも自身の代表作の題名を、不本意ながら実践してしまうことになる。

日本食が苦手なサルトルは、宿の夕食にほとんど手をつけず、大好きなサントリーオールドの所謂“ダルマ”のボトルを手酌でやって、つい飲み過ぎてしまった。

そのままボトルを抱えて自室に引き上げたとき、足がもつれて倒れ、挙げ句に『嘔吐』してしまったのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。著書に『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。現在「漱石と明治人のことば」を当サイトにて連載中。

※本記事は「まいにちサライ」2013年7月13日配信分を転載したものです。

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