文/矢島裕紀彦
明治維新後、日本人は欧米先進諸国に追いつけとばかり、急激な欧化政策を推進した。初期には、ともかく付け焼き刃でもなんでも西洋式を模そうとしたため、随分、ちぐはぐな事態も生まれた。散切り頭の上に山高帽をかぶり、羽織袴で足元に靴、という珍妙なファッションも、その一例だろう。
明治期の日本では、へんてこな模造ウイスキーも売られていた。安い酒精アルコールにカラメルや香料で着色・味付けしただけの、イミテーションとしか言いようのない代物であった。
それを本場英国にも負けない本格ものへと生まれ変わらせたのは、NHK朝の連続ドラマ『マッサン』で一躍有名となった、竹鶴政孝と鳥井信治郎の功績である。
もうひとつ、日本のウイスキー文化を育てた要素として忘れてならないのは、飲み手の存在である。秋山好古、吉田茂、梅原龍三郎、黒澤明、井伏鱒二、山口瞳といった愛飲家たちが、さまざまな場面でさまざまな飲み方でウイスキーを愛し、成熟させた。経済学の分野で使われる「消費者は王様である」という言葉が、ここでも当てはまっている。
竹鶴政孝の生涯については自伝『ウイスキーと私』が、鳥井信治郎についてはその評伝『美酒一代』(杉森久英著)がお薦め。飲み手たちのエピソードの数々については、拙著『ウイスキー粋人列伝』をご笑覧いただければ幸いです。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。著書に『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。現在「漱石と明治人のことば」を当サイトにて連載中。
※本記事は「まいにちサライ」2014年10月4日配信分を転載したものです。
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