■カサンドラの謎

さて、それではいよいよカサンドラの特異な持ち味に迫っていくことにいたしましょう。

彼女が日本のファンに最初に知られるきっかけとなった「ブルー・スカイ」は典型的なスタンダードですが、こうしたごくふつうの楽曲でも、彼女の特異性は際立っていました。冒頭で「ちょっと変わったテイスト」と表現したのはそのことを指しています。

たとえば1980年代、カサンドラとほぼ同時にデビューしたダイアン・リーヴス(第26号「現代のジャズ・ヴォーカル」ほか収録)は、斬新さこそ感じましたが、明らかに従来のジャズ・ヴォーカリストの系譜に連なることが聴き取れたのです。

他方カサンドラはというと、斬新でユニークということは誰にでもわかるのですが、「では、どこが?」と言われると、直ちには答えにくいところがあるのです。にもかかわらず彼女の歌唱がきわめてジャジーであることは確実に聴き取れ、だからこその「斬新さ」なのですが、80年代当時はその理由はよくわからなかったのです。

ジャジーではあってもそのルーツというか影響関係が見えにくい。これがカサンドラの「新しさ」でもありました。

ジャズの場合「影響関係」はわりあい明確にわかるもので、たとえば白人女性ヴォーカリストの実力者、アニタ・オデイのルーツがじつは黒人カリスマ・ヴォーカリスト、ビリー・ホリデイであったなどということはそのことを念頭に入れて聴けば、すぐに気がつくものなのです。

しかし、カサンドラは声質の黒っぽさや癖のある節回しなど、明らかにブラック・ミュージックの伝統に連なることは聴き取れても、プラス・アルファは何なのか? しかし今では彼女自身の証言などからこのあたりの「謎」はかなり解明されています。その答えはなんといっても彼女が80年代の流行語、「新人類」の走りだったということですね。

具体的には、それ以前のジャズ・ミュージシャン、ヴォーカリストに比べ、「聴いている音楽ジャンル」が圧倒的に豊富だったのです。たとえばサラ・ヴォーンとジョニ・ミッチェル(第22号「ガーシュウィン・セレクション」、第27号「with ジャズの巨人」に収録)のふたりを、カサンドラは同時に愛聴していたのですね。サラは本誌の読者なら今さら説明の要もないでしょうが、カナダ出身の白人歌手ジョニは、ジャジーなテイストも充分に備えた優れた歌い手ですが、本来ロック・シンガーです。

このように、人種も出自もまったく異なるジャンルの歌手の影響となると、容易にルーツが摑めないのも無理のないことなのでした。そしてこの一見異質と思える音楽要素を統合し、自らのオリジナリティとする能力こそが、カサンドラの「新しさ」でもあったのです。

とはいえ、この「新しさ」は、ジャズにとってはけっして前代未聞のことではないのです。早い話、ジャズ誕生の地、ニューオルリンズでは、旧宗主国だったスペインやフランスの音楽的影響が「ジャズ」に色濃く流れ込んでおり、そのうえでの「黒人音楽としてのジャズ」だったのです。

※隔週刊CDつきマガジン『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)の第37号カサンドラ・ウィルソン(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)が発売中です(価格:本体1,200円+税)

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