文/鈴木拓也
猫ブームに乗って、猫まみれの国語辞典が登場した。その名も『猫の国語辞典』(三省堂)。室生犀星の「火鉢猫」ことジイノくんが表紙を飾るオレンジ色の表紙をめくると、そこには江戸時代~昭和初期に詠まれた、総勢500人の文人による2400余りもの定型詩が!
本書は、猫の字が含まれる熟語、慣用句、あるいはよく使われる言い回しをあいうえお順に並べて見出しとし、各見出しについて関連する定型詩(俳句・短歌・川柳)を添えた構成となっている。例えば「じゃれるねこ」という見出しについては、以下のように展開する。
「じゃれるねこ【戯れる猫】 戯(ざ)れる=じゃれる。自分の尻尾でも一人遊び。関連→猫をじゃらす
われ物つめよ猫がそばゆる. 友雪 [江戸] 連句の短句(七七音) そばゆ=じゃれる
猫の子のざれて臥しけり蚊帳の裾 史邦 [江戸]
猫の子のくんづほぐれつ胡蝶かな 其角 [江戸]
蝶々を尻尾でざらす小猫かな 一茶
(以下略)」
見出し自体にも、ユーモアあふれる解説がつくのが大きな特徴で、中には「西行の猫」や「漱石の猫」など、文士に飼われていた猫についての説明書きがついたものもある。
「そうせきのねこ【漱石の猫】 明治四十一年(一九〇八年)九月十三日死亡。漱石の出した手紙によると「うらの物置のヘッツィの上にて逝去」「埋葬の儀は車屋にたのみ、箱詰にて裏の庭先に」。ちなみに『吾輩は猫である』の猫(吾猫)は、ビールを飲んでよっぱらい、水甕に落ちてみまかる。
この下に稲妻起こる宵あらん 夏目漱石 猫の墓標に漱石が書いた句。猫の光る眼を稲妻にたとえた
先生の猫の死にたる夜寒かな 松根東洋城
(以下略)」
こんな感じで、本書をぱらぱらとめくって興味を持った見出しをランダムに読んでゆくだけでも、日本文学への造詣が深まってゆくようで、知的満足度は高い。
500人の文人の中には、小林一茶や正岡子規といった無類の猫好きとしてよく知られている人物ばかりでなく、葛飾北斎、南方熊楠、谷崎潤一郎のような「え、こんな人が?」と思われる意外な人物も紛れ込んでおり、面白い発見の種も尽きない。
一点惜しいのは、巻末に索引がないこと。そのため、作者別にどんな作品がどのページに掲載されているかを検索することはできない。その意味では、「辞書」と銘打ちつつ読み物に近い面もあるのだが、「猫まみれ」になることを第一義とする愛猫家にしてみれば、特段デメリットとは感じないだろう。
本書は、季語研究会の同人として『連句・俳句季語辞典』などの著作のある佛渕健悟氏と、『俳句・短歌 ことばの花辞典』や『てにをは辞典』の編集を担当した小暮正子氏のコラボレーションから生まれたという。お二方ともかなりの猫好きなのだろうと推察できる、猫愛に満ちた一冊である。
【今日の一冊】
『俳句・短歌・川柳と共に味わう 猫の国語辞典』
(佛渕健悟、小暮正子編集、三省堂)
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/ja/neco/
文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。