文/澤田真一

なぜ、我々日本人は「陶器」に魅せられるのだろうか。

考えるまでもなく、陶器はもとは「ただの土」である。粘土を形成して釉薬に浸し、焼いたものである。その陶器に、我々日本人はときに哲学を感じ、ときに宗教を感じ、宇宙の如く深い世界の存在を感じてきた。国宝に指定された陶器も、枚挙にいとまが無い。

それほどの付加価値が、一体どこから湧き出しているのだろうか。ちょっと考えてみたい。

*  *  *

日本の戦国時代から安土桃山時代にかけての時代区分は、世界史的には「大航海時代」と呼ばれている。

織田信長がポルトガル人と交流していたのは、日本人なら誰しも承知の事実だ。だが、なぜそうしたことが可能になったのか。それは突き詰めれば、ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を開拓してくれたおかげである。

洋の東西が海路でつながったことにより、日本にも様々な物品が流入してくるようになった。たとえば、日本は昔から「宝石が産出しない国」だった。一定量の採掘が見込めるのは、国石にもなっている翡翠(ひすい)くらいである。

一方で、16世紀当時のヨーロッパ諸国では、ルビーが流行の兆しを見せていた。ルネッサンス期の装飾職人の作品を見ても、ルビーを使ったものが非常に多い。これはルビーの一大産地であるビルマ地方(今のミャンマーに該当する)とヨーロッパの航路が確立され、ルビーが安定的に供給されるようになったからだ。

ダイヤモンドのブリリアンカットが開発されるまで、「宝石の王様」といえばルビーだった。当然、西洋人の船に積まれたルビーは、日本にももたらされたはずだ。ところが日本では、舶来の宝石はまったくと言っていいほど当時の権力者、すなわち戦国大名たちには受け入れられなかった。

代わりに大名たちが蒐集していたのは、陶器であった。

「日本人は、土の塵に過ぎない陶器を最も大事に扱っている。それは我々西洋人の、宝石に対する見方と同じものである」

そう言い残したのは、カトリック宣教師のルイス・フロイスである。極めて優れた観察眼を持つフロイスは、陶器と日本人の摩訶不思議な関係性をちゃんと記録していた。

日本は宝石に恵まれない国だというのは先述の通りだが、一方で貴金属には恵まれていた。ところがその恵みをフル活用して、権力者のための銀食器を作っていた、という話は聞かない。

織田信長を始めとした戦国大名たちは、手にした金銀を陶器や漆器の購入に充てていた。「名器は城ひとつに値する」とまで言われていたが、中にはコレクションの茶器とともに爆死した松永久秀という男もいた。

*  *  *

ひとことで言えば、当時の大名たちはある哲学運動に身を投じていたとも言える。それは、陶器に対して莫大な付加価値をいかに与えるかという、それまでになかった新しい哲学である。

中国や東南アジアで生活用品として量産されていた器を、「茶碗」という用途で位置づけ、そこに深淵な精神性を付加しようとする。その過程の中で、器の値段はどんどん跳ね上がっていく。これを哲学と言わずして、他にどう表現すべきか。

当時の西洋哲学には、唯一の「神」という絶対基準があり、そして「絶対的価値」が存在した。しかしそれらがない日本では、「神」の代わりに現世に生きる「探求者」たる鑑定家(目利き)たちが物の価値を決めた。

陶器の鑑定は、まさに生涯をかけた修行の道だという。ダイヤモンドであれば、石の質とカラット数という絶対基準がある。しかし陶器にはそれがない。真贋はもとより、その品に秘められた価値を見抜かなければならない。だから熟練の鑑定士でも、価値を見誤ることがあるらしい。

面白いことに、歴史に詳しい者ほど陶器の真贋を見抜けないという。知識が直感の邪魔をしてしまい、その陶器が本来持っている「光」に気づくことができないのだ。絵画鑑賞でも、予備知識を持ち合わせていない者ほど鋭い観察眼を発揮するということが多々ある。

「目利きの道」は哲学の道に通じる。やはり一筋縄では行かない。だからこそ陶器のうつわにどうしようもなく惹かれてしまうのが、日本人としての性なのかもしれない。

文/澤田真一
フリーライター。静岡県静岡市出身。各メディアで経済情報、日本文化、最先端テクノロジーに関する記事を執筆している。

 

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