一条天皇に届けられた「物語」
I:まひろは弟の惟規(演・高杉真宙)に「私らしさ」って何、ということを問いかけます。
A:実の姉と弟のやり取りだけに、惟規は「そういうことをグダグダ考えるところが姉上らしいよ。そういうややこしいところ。根が暗くてうっとうしいところ」と身も蓋もないことをずけずけと言い放ちます。
I:実の姉弟ならではの発言ではあります(笑)。弟の言を借りてはいますが、実際の「紫式部評」でも同様の評価をされる場合もありますよね。さて、そんなこんなでまひろの執筆が始まり、出来上がった物語はきちんと製本されて一条天皇のもとに届けられます。
A:一条天皇が手に取って読むところです、まひろの声がオーバーラップして『源氏物語』冒頭が読まれました。劇中では、まひろの口から「口語訳」が語られました。なんだか胸にしみいりますね。一条天皇の心をまひろの筆力が揺さぶった、という感じでした。こちらでは敢えて原文を紹介しましょう。
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。はじめより我はと思ひあがりたまへる御方々、めざましきものにおとしめそねみたまふ。
I:これを描き上げるのにあたって、まひろは道長に一条天皇について取材をしていましたよね。そして、「帝」「女院死」などといった言葉を書き出してブレインストーミングしていました。平安時代は『源氏物語』に代表されるような物語がいくつも書かれましたが、こんな風に取材して、メモをとったり、ブレインストーミングしたりして書いていたんでしょうか。あれほどの作品を頭の中だけですらすらと書けたのかということもありますし、こうした文章を書く手法というのは、1000年前も変わらなかったのかもしれませんね。
A:『源氏物語』『枕草子』『平家物語』『方丈記』『徒然草』など冒頭部分だけは諳んじられる人は多いですよね。
I:私も、冒頭だけは、ですね。
A:さて、紫式部が執筆した『源氏物語』の自筆本は残っていません。いったいいつまで誰のもとに残されたのでしょうか。そしていつ散逸してしまったのでしょうか。『源氏物語』最古の写本が藤原定家が写したものだといわれています。定家は道長と源明子との間に生まれた長家の子孫。でも紫式部の自筆本が長家の系統に伝わったとも思えませんし……。
I:いつもそんなことばかり考えていますよね。
A:道長の『御堂関白記』の自筆本はすべてではないですが、現代に伝わっていますからね。『源氏物語』自筆本はいったいどんな運命をたどったのでしょう。なんか知りたくなりました。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり