江戸時代から続いてきた鮨、天ぷら、蕎麦、そして昭和の時代に発達した焼き鳥は東京の食文化。老舗から新店まで、足を運びたい店を紹介する。

静謐な空間で、時間をかけて味わいたい洗練の技と味

天ぷら畑中 麻布十番

京都のデザイナーが内装を手がけた趣のある店内。年数を重ねるにつれ色が深まった土壁に囲まれ、心静かに食事を楽しめる。

麻布十番商店街は、江戸時代から300年以上栄えてきた歴史ある商店街だ。その外れに、天ぷら好きに愛される『天ぷら畑中』はある。麻布十番に開業して四半世紀。静寂な空気感が漂う店内で天ぷらを揚げるのは、店主の畑中宏祥さん(65歳)。白衣の首元には蝶ネクタイが締められている。

「若い時分に日本橋の『てん茂(も) 』に食事へ行った際、今はなき先代が蝶ネクタイをして天ぷらを揚げる姿に一目惚れしたのです。凛とした佇まいが格好よかった。私が天ぷら職人を目指すきっかけとなりました。ですから、『てん茂』さんへの尊敬の念を込め、私も店では蝶ネクタイを締めることにしたのです」と振り返る。

店主の畑中宏祥さん。昭和33年、愛媛県生まれ。銀座『茂竹』、『天一』で研鑽を積み、平成9年に自店を開業する。

畑中さんを魅了した『てん茂』の創業は明治18年(1885)。初代が屋台から始め、創業時より胡麻油で揚げた江戸前の味を守り続ける老舗である。『てん茂』に代表されるように東京の天ぷらは、本来、東京湾で獲れた江戸前の魚を胡麻油で揚げたものであった。

「漁獲量の減少などで東京湾の魚を使うのは難しくなった現代ですが、江戸前の天ぷらといえば今も胡麻油は欠かせません。風味のよい胡麻油の香りは、江戸前天ぷらの醍醐味ではないでしょうか」と畑中さんは語る。

素材が生き、最後まで軽やか

家族経営の『てん茂』で修業することは叶わなかった畑中さんだが、銀座に本店を構える老舗『天一』等で腕を磨き、独立を果たす。 

油の質を重視する畑中さんが選んだのは、江戸時代から続く老舗の油メーカーが手がける胡麻油だ。

「白胡麻を低温で煎り、昔ながらの方法で圧力をかけて搾った上等品です。香りが淡く品のよい油で、お腹にもたれません」と信頼を置く。この胡麻油を用い、畑中さんは軽やかに天ぷらを揚げる。

コースの幕開けは海老だ。

「海老は天ぷらの華。鮨屋の鮪のような存在」と畑中さんはいう。生きた状態の活けで仕入れ、調理の直前に締めて揚げた海老は、しっとりとレアで優美な甘さ。こんがり揚げた頭は胡麻油が淡く香り芳ばしい。夏に出回る稚鮎や時折入手できるギンポも活けで仕入れる。

小型の車海老である巻海老。質の高い鹿児島産の養殖物だ。頭は香ばしく、身はレアで繊細な甘さ。

「活魚でないと味わえない甘みや香りがあります」という言葉に続けて「素材の命を頂戴するのですから」と、いずれの天種(※天ぷらにする食材。)にも丁寧な仕事を施し、厳かに揚げる。見た目にも美しい天ぷらは、自身の選んだ器によく映える。

江戸前の天ぷらに欠かせない天つゆと大根おろしに加え、塩や柑橘も用意され、天種に合わせて好みの味で楽しめるのも嬉しい。

魚はもちろん、野菜も全国から選りすぐりの素材を集める。熊本産の赤茄子、千葉県鋸南産のいんげんなどを好んで揚げる。
皮をむいて揚げた赤茄子。薄衣に包まれ、中身は柔らかな口溶け。醤油が合う絶品。

「天ぷらを通して四季折々の味を存分に感じていただきたい」と願う畑中さんは、旬の野菜も数種用意。素材の持ち味を引き出すよう工夫を凝らす。自身の好物だというアスパラガスの場合はこうだ。

「穂先は浅めに揚げて香りと食感を、根元はじっくりと揚げて甘みを引き出します」と極意を語る。赤茄子は皮を綺麗にむき、薄衣で包み込み蒸すように揚げる。その果肉はマシュマロのような柔らかさで、醤油をかけて味わえばキリッと後味が引き締まる美味。

アスパラガスは、穂先は軽やかな食感で香り豊か。根元のほうは柔らかくて瑞々しく、優しい甘みがある。
千葉県は鋸南町のサーベルいんげん豆。直径5mmほどの極細で、歯切れよく、清々しい香りに驚く。

締めのかき揚げも心憎い。「白いご飯で召し上がるなら素材の味がわかるよう浅く、天茶にされるなら濃いめの茶に合うよう、深く揚げます」と繊細な仕事ぶりだ。洗練の一言が似合う天ぷらのコース、至福の時間となるだろう。

締めの小海老と小柱のかき揚げは、小天丼か写真の天茶、白飯から選ぶ。天茶はご飯が潜む濃い茶に、適宜かき揚げを入れて食す。山葵、香の物が付く。

天ぷら畑中

東京都港区麻布十番2-21-10
電話:03・3456・2406
営業時間:18時~19時30分(最終入店)
定休日:水曜、ほか不定休 7席、要予約。
料金:コース1万3200円~(9月に改定予定)

東京メトロ・都営地下鉄麻布十番駅から徒歩約2分。麻布十番商店街の外れにある。

※この記事は『サライ』本誌2023年9月号より転載しました。取材・文/安井洋子 撮影/平松唯加子

 

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