取材・文/坂口鈴香

いおスタさんによる写真ACからの写真

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東京在住の中澤真理さん(仮名・54)の両親は九州で二人暮らしをしていたが、父要さん(仮名・96)が90歳になったころ異常行動が頻発するようになり、とうとう浴室で転倒して入院してしまう。原因は睡眠導入剤の多用によるものだった。東京から中澤さんが駆けつけたことで安心した母富代さん(仮名・90)も寝込んでしまった。

ようやく起き上がれるようになった富代さんと、これからの両親の生活について話した中澤さんは、富代さんがエレベーターのないマンションでの生活に限界を感じていたことを知る。両親の老いの現状に直面し、「親も死ぬんだ」とはじめて実感した中澤さんは退職を決意した。そして、両親が再び自由に外に出かけることのできる暮らしを取り戻すために、退職金とこれまでの蓄えで、親のためにマンションを買おうと決めたのだ。そして、実家から3分のところに新しく建ったマンションを購入することにした。

前編はこちら】

■会社勤めの段取り力を総動員。親の家の片付け

それから、会社を辞めるまでの半年間は毎週のように実家に帰って、荷物を片付けた。

「帰るたびに『今日はこの天袋を片付けよう』などと決めて片付けていきました。マンションだったので、戸建てほどではないにしても、『なんじゃ、これ?』というようなモノが次々と出てきました。父は短歌が趣味で同人誌にも入っており、添削指導もしていました。封筒を千代紙でつくるなど細かいこともしていたのですが、マトリョーシカのように、封筒の中に小さな封筒、その中にまたさらい小さい封筒……というように、封筒が何十枚も出てきたりもしました(笑)。母は、私がお嫁に行くときのためにと取っておいたワイングラスや塗のお椀、花瓶などが出てくる出てくる……四畳半の部屋いっぱいになるくらいでした」

大量のモノは、処分するのも一苦労だったに違いないと思いきや、大物家電を処分した程度で済んだという。というのも、ひとつには富代さんがきれい好きで、40年住んだわりには荷物がまだ少ない方だったこと。それから富代さんは80歳までボランティア活動もしていたので、そのときの仲間が不用品をバザーに出してくれたというのだ。親の気持ちを考えると、それまで大切にしてきたモノを捨てるのではなく、誰かに使ってもらえるということは少しでも救いになっただろう。

ところが、要さんは精神的に不安定だった。住み慣れた家を離れるという不安のせいか、ウツ気味になっていたようだ。脳ドッグまでして、認知症ではないとは言われていたものの、終日ボーっとしていたという。

「父に『要るものと要らないものを仕分けしようか』と言うと、突然怒り出したり、『引っ越しはやめる!』と言ったり……。『だったらお父さんはここにいたら? 私はお母さんと二人で新しい家に行くから』と言うとしょんぼりしてしまう。そんなやり取りが何回かありました。父もどこかで割り切れないものがあったんでしょうね」

気をもんだ中澤さんだったが、いざ引っ越してみると、元の家には一度も行こうとしなかったという。「あれだけゴネてたのに」と中澤さんは苦笑する。

「それにしても半年間、週末ごとに実家に通いながら、我ながらよく一人で片付けたと思いいます。引っ越ししたその日から元のように暮らせるよう、30年ほど会社でやってきた“段取り力”を総動員しましたね。母もそのときのことを『あのときの真理はすごかった』と思い出しては感嘆しているほど」

今、そのころのことを思い出そうとしても思い出せない、と笑う。

■新居でも依然ウツ状態の父

引っ越し前に、中澤さんは会社を退職。東京のマンションは借りたまま実家に戻った。

「基本は実家に住んで、月1回ハローワークに行くために東京に戻るという生活でした」

新しいマンションで両親との暮らしがスタートしたが、要さんのウツ状態は改善しなかった。

「『ご飯よ』と呼んでも、着替えてリビングに出てくるまでにものすごく時間がかかる。食べ終わったらまた何をするでもなく、ボーっとしているんです。言葉も発しませんでした。ようやく言葉が出たのは、引っ越して半年が過ぎたころでした」

要さんは要介護1、富代さんは要支援1になっていた。二人が相次いで倒れたときに、介護認定を受けていたのだ。

「そのときは私もすぐにまた東京に戻らないといけなかったので、とにかくすぐに来てくださるケアマネジャーさんをお願いしました。地域包括支援センターから紹介してもらったケアマネジャーさんが、幸運なことにすごく良くできる人でした」

地元のことを良く知っていて、人間関係もしっかり築けている。引き出しも多い。富代さんの様子を見に行って、中澤さんにマメに連絡をくれる。

「同じ仕事をする女性として、このケアマネジャーさんなら大丈夫だと確信しました」

■機能訓練型デイサービスで状態が改善

ケアマネジャーは、要さんのウツのような状態を見て、体を動かした方がいいだろうと、機能訓練に特化したデイサービスを勧めた。半日型のデイサービスで、クルマで40分もかかるところだという。地方とはいえ、かなり遠い。

「父は83歳のときに免許を返納したのですが、クルマを運転するのが大好きでした。だから、クルマに40分も乗っていても苦になるどころか逆に楽しそうでした。なにしろ頑固な九州男児なので、お遊戯的なレクリエーションをするようなデイサービスには絶対行かないだろうと思いました。だからマシンも充実している機能訓練型のデイサービスなら、父のプライドが守られると考えたんです」

その見込みは的中した。要さんは、リハビリのデイサービスを楽しみにするようになり、現在も続いている。

「このデイサービスではリハビリだけでなく、お花見などに機会を見つけては外に連れ出してくださいます。週2回のこの時間は、母が休める時間にもなっています」

要さんは、デイサービスに行くようになってウツ状態は少しずつ改善してきたという。手が震えるので字も書けなくなっていたが、1年ほど経つとそれもできるようになった。そのため、趣味の短歌も自作はしないまでも、人の添削は再びできるようになった。さらに、近くに住む70代の友人が誘ってくれて、詩吟にも通うようになったのだ。

「詩吟は漢詩なので、読み下し文を会のメンバーのために書いてあげています。誘ってくれた友人にも感謝しています」

次回に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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