
いじめや嫌がらせは子どもだけの問題ではなく、職場や生活のコミュニティの中といった、大人の世界でも形を変えて存在します。大人のいじめでは、加害者側には加害者意識がなかったり、攻撃を正当な理由に置き換えてしまったりすることも多く、対応に悩まされている方も多いのではないでしょうか。
加害者側の言動に振り回されないためには、全員に好かれようとしないことが平穏への第一歩となります。相手を変えようとせず、心理的な境界線を引いて自分の居場所を守る、ちょうどいい距離感の取り方を提案します。
なぜ大人になってもいじめは起こってしまうのか
大人の世界で起こるいじめは、子どものそれとは異なる複雑な背景を持っています。理不尽な扱いに深く傷つき、ひとりで悩みを抱え込まないためにも、まずは攻撃を仕掛けてくる相手の心理状態と、それを受け止める側の心の働きを客観的に見つめ直すことが大切です。
無自覚な攻撃をする人の心理と特徴
成人した社会の中で見られる嫌がらせの多くは、表立った暴力ではなく、一見するとわかりにくい陰湿な形で行われます。さらに厄介なのは、大人のいじめの加害者側には、自分が相手を痛めつけているという認識が欠けているケースが非常に多いという点です。
自分にとってはほんの軽い冗談や、行き過ぎた親しみの表現、あるいはちょっとした不機嫌の表出にすぎないため、相手の心を深く傷つけている自覚がありません。
このように大人の加害者意識が薄い背景には、自らの立場やプライドを守るための強力な「自己正当化」があります。これは、自分の非や罪悪感を認めたくないあまり、心の底から「自分は正しい」と思い込もうとする心理的な防衛反応です。
具体的には、攻撃の理由を「これは業務指導だ」「社会のルールを教えている」というもっともらしい正論へすり替える心理が働きます。誰も反論できない大義名分を掲げることで、自分の攻撃性を隠そうとするのです。
そのため、被害者側が相手の反省を期待したり、なぜそんな酷いことをするのかと理由を問い詰めても、解決にはつながりにくいという側面があります。
集団の歪みやストレスが引き起こす排除の構造
大人のいじめが起こるもう1つの要因は、職場や地域の集まりといった、これまでの人生で築いてきた人間関係や生活基盤そのものがコミュニティと深く結びついている点にあります。その場の空気や周囲との関係性に過度な不安があると、子どもの世界のような環境の狭さからくる閉塞感とは異なった、「自分がこれまでに積み上げてきた立場や世間体を失いたくない」「生活の基盤を壊したくない」という、大人ならではの生活防衛や保身の心理が働きやすくなります。
このように各自が自分の守るべき生活や立場を失うことを恐れる焦りが、やがて特定の個人への冷淡な態度や排除といった、周囲を巻き込んだいじめへと発展していきます。
大人のいじめは、単なる感情的な憂さ晴らしではなく、大人ならではの立場や生活維持への執着、そして築き上げた環境から自ら進んで離れることの難しさが引き金となって発生するケースが少なくありません。
大人のいじめを受け流す心の境界線の引き方
相手に加害者意識がないからといって、理不尽ないじめに心をかき乱される必要はありません。物理的かつ心理的な境界線をしっかりと引き、相手の土俵に上がらず、自分の居場所を守るための方法をお伝えします。
1.全員から好かれようとしない
大人のいじめから身を守るためには、周囲のすべての人から良く思われたいという気持ちを手放すことが何よりも大切です。
真面目な人ほど、冷たい態度をとられると自分を責めてしまいがちですが、合わない人からは好かれなくてもいいと割り切ってください。その姿勢こそが、大人のいじわるから身をかわす最大の防御になります。
2.相手の言葉を正面から受け止めない
理不尽な言葉をいちいち真に受けていては、こちらの心がすり減ってしまいます。相手の不機嫌やトゲのある言い回しはまともに受け止めず、必要最低限の業務的、事務的な対応に徹する心理的アプローチが有効です。
相手に過度な期待をせず、必要以上に関わらないスルー力を身につけることで心の安全を確保できるようになります。
3.他者との距離を保つ
職場や地域の集まりなど、どうしても避けられない環境においては、適切な他者との距離感を保つことも重要です。
例えば、相手の機嫌を損ねないように先回りして気を配ったり、頼まれてもいない雑務を自分から引き受けたりするのをやめてみます。必要最低限の挨拶や決められた役割だけを淡々とこなし、それ以上の深入りをしないと決めるのです。
自分が良い人を演じることで相手も自分のことを嫌わず好きになってくれるのではという期待を手放してください。一歩引いた位置で自分の持ち場だけに集中することで、周囲に振り回されない自分の居場所を守ることができます。
具体例:職場の先輩からのいじめに悩んでいたUさん
ここでは、プライバシーに配慮し、複数の事例を統合・再構成したモデルケースをご紹介します。
パート先で働くUさんは、同じシフトに入るベテランの先輩からの、トゲのある言い回しや無視といったいじめに長い間悩まされていました。
その先輩は周囲には愛想よく振る舞うため、「自分が何か悪いことをして先輩に嫌われたのかもしれない」と自分を責めていたUさんですが、かつてその先輩からいじめに遭っていた別の先輩が相談に乗ってくれたと言います。その先輩から「あの人は気に入らない人を次々と標的にしているだけ。だからあなたのせいじゃないよ」という言葉で、悩んでいた原因は自分にあるのではなく、相手の側の問題なのだと思うようになったそうです。
Uさんは、まず、先輩の機嫌を損ねないようにと先回りして気を配ったり、頼まれてもいない雑務を自分から引き受けたりするのをやめました。挨拶や決められた役割だけを淡々とこなし、それ以上の深入りをしないと決め、世間話や休憩時間の輪からもそっと離れるようにしたと言います。「その人に好きになってもらおう」という期待をやめたことで、先輩からの執拗な態度は次第に減っていきました。
自分を嫌う相手から好かれる必要はない
理不尽な悪意を向けてくる相手を変えることはできません。しかし、相手から好かれたいという期待をやめて適切な境界線を引くことで、自分の心を守ることは今からでもはじめられます。
相手の土俵に上がらず、一定の距離を保つことが、結果として自分自身を守ることにつながります。
文・構成/藤野綾子
精神保健福祉士、産業カウンセラー、EAPメンタルヘルスカウンセラー、メンタルヘルス・マネジメント検定II種の資格を持つ。大学に通い直し、心理の国家資格取得に向けて勉強中。教育施設、就労移行施設などでカウンセラー研修、実務も続けている。











