現代に至るまで残っている江戸城の天守台は、加賀藩の前田家が工事を行なったもの。しかし、天守そのものは再建されなかった。

なぜ、江戸城には天守が残っていないのでしょうか? 空襲で焼けてしまった? 明治維新でなくなった?

実は、3代将軍家光の没後、家綱が4代将軍になって数年たった1657年の明暦の大火によって消失して以来、再建されていないのです。正直なところ、ちょっと意外な感じがしませんか。一説には、家綱の補佐役だった保科正之が天守無用論を唱えたということですが、時代はすでに「徳川の平和」が定着しており、〝天守の軍事的機能が喪失した今、その再建にお金と労力をかけるよりは、大火によって4分の3が灰となった江戸の復興に力を注ぐ〟という意図だったのか……。いずれにせよ、徳川幕府は1867年の大政奉還に至る約200年の間、天守なしで政権を運営してきたわけです。

その一方で初代将軍家康の天守はどうだったのか? こちらは昨年、島根県の松江市にある松江歴史館で家康時代の図面である『江戸始図』の存在が発表され、話題になりました。

慶長12~14年(1607~1609)に描かれたとされる『江戸始図』によれば、家康時代の天守は今までの通説とは異なり、まるで姫路城のような連立式の天守でした。城の各部分は「ここまでやるか!」というぐらい、攻守とも最強の装備を備えていたのです。

慶長12年(1607)から慶長14年(1609)の頃の江戸城を描いたとされる『江戸始図』。この絵図から家康の江戸城を忠実に再現したのがこのCGだ。CG作成/中村宣夫

そんな今まで知らなかった江戸城にまつわる様々な秘密をテーマにした、サライ・ムック『サライの江戸 江戸城と大奥』が発売になりました。

このムックの巻頭企画では、『江戸始図』を再発見した奈良大学の千田嘉博教授と『家康、江戸を建てる』の著者である直木賞作家・門井慶喜さんの対談を掲載しましたが、その対談の際にでた「家康の時代はまだまだ、次の戦がいつ起こるか、という緊張状態がいたるところにあったのだろう」というお話が印象的でした。私たちは、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いを経て、家康が征夷大将軍に任命され幕府を開いた慶長8年(1603)になったと同時に「徳川300年」の平和な時代が始まった、と短絡的に考えてしまいがちですが、実際はそうでもなかったことがこの『江戸始図』から読み取れるのです。

城郭研究の第一人者・奈良大学教授千田嘉博氏(左)と『家康、江戸を建てる』の著者でもある直木賞作家・門井慶喜氏(右)。

このように学校の授業や時代劇、小説の中でよく知っているつもりの「江戸」ですが、まだまだ知らないことはたくさんあります。このムックでは数多くのリアルCGを使って、そうした「事実」をわかりやすく解説しています。

例えば、江戸城には天守以外に「本丸御殿」と呼ばれる、今で言うところの、行政区画、将軍の執務室や居住区、そして御台所や大奥女中の部屋からなる巨大な建物がありました。大名や役人が将軍と謁見する場合には、その地位や家格の違いによって、面会する部屋(着座する畳の位置まで決められていた)や将軍がかける言葉さえも明確に区別され、格差が演出されていました。CGを見ると、将軍との距離は思ったよりも遠く、諸役人にいたっては縁頬の端で謁見しています。

寛永期の江戸城本丸と城郭。江戸城の表、中奥(奥)、大奥の3つの区域の建物が左手から右手へと配置されていた。CG作成/中村宣夫

また新発見としては、平成に入って見つかった「豊田家文書」と呼ばれる大奥の建築図面の存在があります。これを読み解いた結果、側室らを呼んで将軍が夜を共にした「御小座敷」の置畳の用法から、俗説のように第三者である添い寝役が同じ部屋に寝るスペースは「なかったのでは?」という新説が浮上しています。

こうした最新の研究によって次々と明らかになる事実は私たちに今までとは全く違う江戸像を描き出してくれます。豊富なCGや図版、そして専門家の解説により江戸を現代に甦らせるサライの江戸シリーズは、この『江戸城と大奥』を皮切りに、第2弾、第3弾と続いていく予定です。今後もぜひご期待ください。

『サライの江戸 江戸城と大奥』
サライ編集部/1,700円/中A4判/128ページ
2018年6月5日発売
ISBN 978-4-09-103553-0

試し読みできます!
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