文/矢島裕紀彦
歌人の若山牧水(わかやまぼくすい、1885-1928)は、こよなく酒を愛した。
《一体に私は日本酒を好んではいるが、火の様に強い洋酒でなくてはならぬ時もある。新鮮な生麦酒に雀躍(こおどり)する事もある》(『海より山より』)
と綴(つづ)ったように、日本酒のみならずウイスキーや生ビールも享受した。ある時は徹夜の仕事明けにお湯割りのウイスキーをすすり、このような歌も詠んでいる。
《ウヰスキイに煮湯そそげば匂ひ立つ白けて寒き朝の灯かげに》
歌集『黒松』所収のこの短歌が詠まれたのは大正12年(1923)。このころすでにホット・ウイスキーを飲んでいるのが興味深いが、それ以上にこの年は、日本のウイスキー史にとって特別な意味合いを持っていた。京都郊外山崎の地に、わが国初のウイスキー蒸溜所が開設された年なのである。日本の「ウイスキー元年」と言ってもいい。
以来90有余年。吉田茂も白洲次郎も黒澤明も池波正太郎も向田邦子も、みんなウイスキーを愛してきた。そんなわが国ウイスキー史の記念すべき年に、きっちりとウイスキーの歌を詠んでいる辺りが、やはり牧水の牧水たる所以なのかもしれない。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。著書に『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。現在「漱石と明治人のことば」を当サイトにて連載中。
※本記事は「まいにちサライ」2013年6月29日配信分を転載したものです。
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