江戸時代中期の京都で、独自の世界を確立し「奇想の画家」と呼ばれる伊藤若冲。その独創性が如何なく発揮された作品の見どころを案内する。
江戸時代の中期、京都で独創の世界を確立した伊藤若冲(1716〜1800)。鮮やかな色彩や大胆な構図から「奇想の画家」と呼ばれる若冲の作品の中でも、異彩を放っているのがこの『樹花鳥獣図屏風』だ。所蔵する静岡県立美術館の学芸員、石上充代さんは作品の魅力についてこう話す。
「六曲一双屏風(ろっきょくいっそうびょうぶ)の大きな画面に、さまざまな鳥や獣が非常に色鮮やかに描かれ、また象を正面から描くなど、特徴的な表現が溢れています。画面としての面白さ、にぎやかさに、まず目を惹かれます」
一見してわかる大きな特徴が「枡目描き」である。約1cm四方の方眼にまず淡彩を施し、さらに濃い色や陰影をひとつひとつの方眼に付けていく、若冲が発明したとされる奇想天外な描法だ。
なぜ若冲はこの描法にたどり着いたのか。
「京都にいた若冲が、織物の下図から着想を得たという説や、織物的な効果を再現しようとしたという説などがありますが、定説はありません。また、いつごろ制作されたかも不明です。ただ、こうした奇抜なことは若い頃ではなさそうであり、非常に細かい描法は晩年になると難しそうです」(石上さん)
この屏風の制作経緯も分かっていないと石上さんは話す。
「普賢菩薩(ふげんぼさつ)の乗り物である白象や、太平の世に現れるとされる鳳凰(ほうおう)が描かれたおめでたい屏風です。吉事に使われた可能性もあります」
一枡ごとに丁寧に彩色する行為は写経に通じるという説もある
江戸時代の中期は、博物学的な興味が高まった時代である。
「海外から伝わった架空の鳥獣や珍しい鳥獣も含めて、多種多様な生き物を描き表したいという気持ちがあったのだと思います」(石上さん)
また、仏教への信仰心が篤かった若冲の人となりから『樹花鳥獣図屏風』を読み解こうとする見方もあるという。
「さまざま鳥獣が争うことなく水辺に群れ集う様子に、平和な理想の世界を描いたという説があります。また、一枡
ごとに丁寧に彩色する行為は写経にも通じていたのではないかと指摘する研究者もいます」(石上さん)
一双で11万6000個を超える約1cm四方の方眼を彩色することで描かれた本作は、若冲が最後の仕上げの段階まで関わってはいないとされるが、「枡目描き」による吉祥的な絵を構想したのは紛れもなく若冲である。斬新な作品は現代人の眼を驚かせ楽しませる。さまざまな謎を想像しながら楽しみたい作品である。
『樹花鳥獣図屏風』ほか東西の風景画の名作を所蔵
●静岡県立美術館
『樹花鳥獣図屏風』を所蔵する静岡県立美術館は、17世紀以降の東西の山水・風景画のコレクションを特徴としている。また静岡県ゆかりの作家の作品や、ロダンと近代の彫刻の充実に力を注ぐ。
『樹花鳥獣図屏風』の次回展示予定は未定だが、同館のウェブサイト(※https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/collection/jakuchu/)で随時案内される。高精細画像の閲覧もできる。
静岡市駿河区谷田53‐2
電話:054・263・5755
開館時間:10時〜17時30分(展示室への入室は17時まで)
休館日:月曜
入場料:300円(大学生以下、70歳以上は無料) 企画展は別途必要
交通:JR東海道本線草くさ薙なぎ駅より徒歩約25分またはバス約6分
※改修工事のため4月1日(金)まで休館予定。
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特別付録 サライ謹製「伊藤若冲 樹花鳥獣図屏風 一筆箋」のご案内
今号の特別付録の題材となったのは若冲が描いた『樹花鳥獣図屏風』の鳥獣たち。吉祥をつたえるめでたき作品ゆえ、大切な人への心遣いを伝えるにもふさわしい一筆箋。ぜひご活用ください。
鳥獣の同定は『異彩の江戸美術・仮想の楽園 若冲をめぐる一八世紀花鳥画の世界』(静岡県立美術館)によるものです。
画像提供/静岡県立美術館 参考文献/『異彩の江戸美術・仮想の楽園 若冲をめぐる一八世紀花鳥画の世界』
取材・文/五反田正宏
※この記事は『サライ』本誌2022年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。