文・写真/原田慶子(ペルー在住ライター)

コメや麦、芋、サトウキビなど、あらゆるものから作られる蒸留酒。中でも白ブドウを原料とするブランデーは、その馥郁とした香りや鼻腔への長い余韻が特徴。ゆったりとした大人の時間を楽しむのにはうってつけの酒だ。

今回ご紹介するペルー発祥の蒸留酒ピスコも、ブドウから作られる薫り高い酒。17世紀初頭にはすでに製造が始まり、今ではペルーの国家文化遺産にも登録されている。首都リマ以南の海岸エリアで育まれるペルー版オー・ド・ヴィー(命の水=ブランデー)、今回はそのピスコを巡る旅を提案したいと思う。

*  *  *

まずはピスコの基本から。ピスコ作りに使用されるブドウは8種類あり、「イタリア」や「トロンテル」「モスカテル」などのアロマティコ(芳香性)と、「ケブランタ」や「モジャール」などのノン・アロマティコ(非芳香性)に大別される。ただし、ノン・アロマティコだからといって芳香が皆無というわけではない。特に「ピスコ用ブドウの女王」とも呼ばれるケブランタには、その凛とした高貴な香りを愛するファンが大勢いる。初めてピスコを試すなら、まずはこの品種を抑えておきたい。

たわわに実るケブランタ種。ピスコ用のブドウは白から暗褐色のものまでさまざま。

ピスコの種類は、単一品種のブドウで作る「プーロ」、二品種以上をブレンドする「アチョラード」、発酵途中で蒸留する「モスト・ベルデ」に分かれる。アルコール度は42度、ブランデーのように樽で熟成させないため、その色は透明だ。レモン、洋ナシ、プラム、ジャスミン、レモングラス、ハチミツなど、さまざまな香りに例えられるピスコ独特の芳香を楽しむには、専用グラスが最適。コニャックグラスやグラッパグラスと同様サイズは小さく、香りが立つようボディはしっかりくびれている。日本よりずっと手頃なので、旅の思い出に一脚いかがだろう。

ペルー国内で製造されるブドウの蒸留酒で「ピスコ」と名乗れるのは、リマ以南の5州で生産されたもののみとされている。中でもリマから300㎞ほど南に位置するイカ州は、海岸砂漠性気候のおかげで冬でもよく晴れ、糖度の高い上質なブドウの栽培に最適な土地。イカには創業1540年というペルー最古の「タカマ」を始め、大小さまざまなボデガ(ワイナリー)がある。古い作業場を見学したり、試飲もできる現地発のボデガツアーは、観光客に人気のアクティビティだ。

国内外のコンクールで何度も金メダルを受賞している、1856年創業のボデガ「トレス・ヘネラシオネス」。すぐ隣の「エル・カタドール」とともに、イカを代表するボデガでもある。

かつて使われていたという、ブドウの果汁を絞るための巨大プール。奥にある配管から果汁が自然に流れ出るよう、敷地内の最も高い場所に造られるのが一般的。

ここで、「ピスコ」の名の由来をたどってみよう。ボデガが集中するイカ州の北西に、古くから栄える小さな港町がある。沖の島々には数千年かけて堆積した海鳥由来の天然肥料「グアノ」が豊富にあり、インカの人々もこれを利用していた。彼らはさまざまな鳥が生息するこの港や周辺の渓谷を「ピスコ」と呼んだ。インカの公用語ケチュア語で“鳥”を意味する「ピスク」が語源だ。

一方、スペイン領カナリア諸島から新大陸にブドウがもたらされたのは16世紀半ば。カトリックの布教にあたり、“キリストの血”とされるワインが欠かせなかったからだ。大海原を越えたスペインのブドウはイカの大地によく根付き、大量のワインが製造された。醸造酒のあるところ必ず蒸留酒あり。ピスコの谷で作られたこの無色透明の蒸留酒は、ワインとともにスペインへ輸出されるようになる。ピスコ港から送り出されるピスコ生まれの蒸留酒。その酒自体が「ピスコ」と呼ばれるのに、そう時間はかからなかった。

古いボデガには必ずといっていいほど残っている、「ピスコス」の流れを汲む素焼きの壺。形が細長いのは、壺を直接地面にさして固定するためだ。またその先端には、ワインの澱(おり)を溜めるための突起が作られている。ピスコスとは陶芸の技術に秀でていたという部族の名称。古くからピスコの海岸一帯に暮らしていたことから、彼らもまたピスコスと呼ばれた。

ピスコの芳醇な香りやキレのよい後味を楽しむなら、ブランデー同様ストレートがお薦め。また無色透明で雑味がないことから、カクテルベースとしても幅広く利用されている。ピスコを使ったカクテルの代表は、何といっても「ピスコ・サワー」だ。ピスコ・プーロとレモン、卵白、ガムシロップをシェイクし、仕上げにアンゴスチュラ・ビターズを数滴振る。ペルーでは国民的カクテルという位置づけで、各国要人を招いての晩餐会でも食前酒として必ず登場する。爽やかなレモンの香りと、さっぱりした飲み口が女性にも人気だ。

ペルーのウェルカムドリンクといえば、このピスコ・サワーだ。

ペルー在留邦人にはピスコのお湯割りが好まれている。リマ市ミラフローレス区にある老舗日本料理店「レストラン・フジ」のオリジナル・ピスコは、ケブランタとモジャール、トロンテルをブレンドしたアチョラードタイプ。しっかりとしたボディながら香りは控えめで、素材そのものの味を大切にする日本食とのバランスを損なうことがない。お湯で割っても風味がボケず、すっきりした飲み口と柔らかな余韻が絶妙なハーモニーを奏でる一杯だ。舌の肥えた在ペルー日本大使館職員や各企業の駐在員を魅了して止まないレストラン・フジのピスコ、その実力をぜひ自身の舌で確かめてほしい。

新鮮な寿司や刺身とピスコの相性は抜群だ。

ペルー政府は毎年7月第4日曜日をピスコの日に制定、リマやイカなど毎年各地で関連イベントが行われている。国内では523社ものピスコメーカーがしのぎを削っており、日本へも輸出されているがまだほんの一握り。ピスコ誕生の地ペルーで、お気に入りの一本を探してみてはいかがだろうか。

イカ発のボデガツアー
https://turismoi.pe/en/tours/tour-wineries-by-the-pisco-route-from-ica

レストラン・フジ
住所:Av. Paseo de la República 4090, Miraflores – Lima
www.restaurantfujiperu.com

文・写真/原田慶子(ペルー在住)
2006年よりペルー・リマ在住。『地球の歩き方』(ダイヤモンドビッグ社)や『トリコガイド』(エイ出版社)のペルー取材・撮影を始め、数々の媒体やサイトにペルー旅行情報を執筆。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)所属。

 

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