文/一乗谷かおり
最近、筆者は愛猫の異変に気付きました。ふと見たら、お腹の毛が少なくなっていて、うっすらと毛が覆っているだけでほとんど地肌が見えるのです。
そういえば最近、部屋に毛がふわふわと舞っているな、とは思っていました。しかし、冬毛から夏毛に換わる換毛期でもあったため、さほど気にしていませんでした。ぽっちゃり女子で、座っているとお腹は床に着いてしまいますし、周りの毛でおおわれていて、一部の毛が少なくなっていることに気づくのが遅くなってしまいました。
周りの猫飼い仲間に聞いてみると、「うちの猫も!」という声がけっこうあがりました。
猫が自分の毛をむしってしまう……これはいったい、どういう理由によるものなのか。気になって、動物行動学が専門の獣医師・入交眞巳(いりまじり・まみ)先生に話を伺いました。
猫にもいろんな〈葛藤〉がある
「猫が自分の毛をむしってしまう理由として、複数の可能性が考えられます。まず疑うべきは、病気があるのではないかということ。皮膚病、膀胱炎、腎臓病、関節炎など、動物病院で検査してもらって、身体のどこかに異変がないか調べてもらって下さい」と入交先生。
皮膚炎などで肌が気になってしまって触ってしまう、掻いてしまう、毛をむしってしまうというのはなんとなくわかる気がします。人間でも、肌荒れを触って悪化してしまうことがありますよね。
入交先生によると、膀胱炎や腎臓病など身体の中の病気でも、患部が外側から気になって舐めまわしてしまう場合があるそうです。また、患部のすぐ外側でないにしても、どこか疾患があって気をまぎらすために身体を舐めてしまったり、関節などが痛くて、そのストレスから関係ないお腹を舐めてしまったり。身体のどこかがおかしい、痛い、気になると感じていて、それをなんとかしたいと思ってつい毛を舐めたり、むしったり、皮膚を齧ってしまったりして、結果的にハゲてしまうこともあるのだとか。
「中には血が出るほど自分を痛めつけてしまうわんちゃんや猫さんもいます。こうした行動を〈葛藤行動〉といいます」
〈葛藤行動〉は猫の毛むしりに限ったことではない、と入交先生。例えば、人間でも何かイライラすることがあると貧乏ゆすりをしてしまったり、頭をくしゃくしゃっと掻きむしってしまったり、爪を齧ってしまったり。早く帰りたいなぁと思いながらその場から離れられないとき、つい手近なものをいじってしまうこともありますよね。喫茶店でストローの袋を弄り回してしまうとか。こうした行動も〈葛藤行動〉なんだそうです。
「病気が原因の場合、病気を治すことで、猫自身が〈気になる〉という状態から解放されるので、〈葛藤〉がなくなって、お手入れの度を超して舐めてしまうことも減ることがあります」
〈退屈〉もストレス!〈葛藤〉のもとになる
幸い、最近の検査の結果、自分のお腹の毛をむしってしまう我が家の愛猫は特に身体に悪いところはありませんでした。ほっとしたのもつかの間、病気ではなくても毛をむしってしまう原因となり得ることがあるそうで、それを聞いてぎく、っと思わず冷や汗をかいてしまいました。
なんと、病気に限らず〈退屈〉も〈葛藤行動〉につながる可能性があると入交先生はいうのです。することがなくて暇で暇で、つい自分の毛をむしったり齧ったりしてしまうのだそう。最近、出張など留守にしがちで、確かに愛猫と充分遊んであげていなかったかもしれません。
入交先生いわく、〈退屈〉が原因であれば、できるだけ一緒に遊んで気を紛らせてあげるのがいいとのこと。
「1匹でいても退屈しないように、〈知育トイ〉を用意してあげるのも手ですね」
〈知育トイ〉とは、頭を使って遊ぶ玩具のこと。例えばペットボトルに適度な大きさの穴をいくつか開けて、中に猫の好きなドライのおやつなどを入れてキャップで蓋をします。穴はおやつが1粒出るくらいの大きさにしておきます。猫が自分の前肢や鼻先でペットボトルをつついて転がすと、コロコロっとおやつが出てきます。あれ、楽しいぞ、おいしいものが出てくるぞ、とコロコロやって遊んでくれます。
他にも、おやつを隠しておいて探させるゲームだとか、あえて口で直接は食べにくく、手を使って掻きだすタイプの食器(スロー・フィーダー)を使わせるとか、飽きがこないよういろいろ工夫してみるのが良さそうです。
でも、これは1匹遊びが前提。そもそも我が家には2匹猫がいて、ふたりで遊んでいたら〈退屈〉ではないのでは? 毛をむしるのは12歳の雌猫の方で、9歳の雄猫は今のところ毛をむしっていません。
「そこはやはり、飼い主さんでないとダメということもあると思いますよ。いくら友達といつも一緒に遊んでいたとしても、〈ママと自分〉の時間も欲しいと思います」
なるほど、一対一の関係を大事にしなければならないわけですね。1匹でお留守番ばかりではかわいそうだと思って2匹目を飼いはじめて早9年…そもそも2匹で遊んでいればいいだろうという考え方が間違っていたようです。うちの猫たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「カメラや音声機能付きの給餌機を使うなどして、外出中も愛猫さんに声をかけられるようにするといいかもしれませんね。スマホの操作でおやつを与えることができる機種もあるようですし、目の前にいなくても飼い主さんとコミュニケーションをとることができると愛猫さんも嬉しいと思いますよ」
レーザーポインターで猫と遊ぶコツ
機械といえば、毛をむしってしまう雌の愛猫は、レーザーポインターが大好きです(雄猫は無反応)。
「レーザーポインターも楽しいと思いますよ。でも、最後にゴールを与えないと、それもまた〈葛藤〉になってしまうので要注意です」
なんと! 入交先生が言うには、レーザーポインターの光を追いかけまわすのは、ハンティングの遊びの一種。普通の玩具であれば捕まえてガジガジしたり、蹴り蹴りしたりできますが、物質ではないレーザーポインターはいつまで経っても捕まえることができません。
「心理学用語で〈コントラフリーローディング効果〉という言葉があります。猫に限らず、人間も含め、どんな動物でも、〈ただ飯より自分で稼いで食べる方がおいしい〉と感じるものです」
え、ただ飯はおいしいけど…? などと思ってはいけません。毎日毎日、上げ膳据え膳で、あなたは何もしなくていい、ただ座って目の前に出されるものを食べていなさい、と言われたら、さすがに飽きてしまいますよね。自分で頑張って働いて得たお金で美味しいものを食べたり、好きなことをしたり、楽しいことをしたり、大切な人に贈り物をしたり……努力をした分だけ満足度が上がるものなのです。
動物園の動物も同じで、囲われていて、毎日何もしないでも餌が目の前に置かれる。そんな状態ばかりではストレスが溜まってしまうそうです。だから、動物園の飼育員さんは、例えば餌を隠したり、わざと木の上にのせたりして動物たちが餌探しの仕事ができるように、ストレスを感じないようあれこれ工夫をしているわけです。
猫も同じで、毎日飼い主さんがフードをお皿に入れて出してくれますが、本能的には自分で何か捕まえたいという欲求があります。それを玩具で紛らしたりしているわけですが、レーザーポインターだとずっと獲物を得られないままで終わってしまうのです。
「レーザーポインターで遊ぶ時は、最終的には好きなおやつの場所に導いて、おやつをゲットさせて終了するなど工夫してあげるといいですね」
遊ばせているつもりが、〈葛藤〉を与える結果になっていたかもしれないというわけです。またもや、猛省です。
けれど少しは〈葛藤〉があってもいい?
病気の場合でも〈退屈〉の場合でも、〈葛藤行動〉の末に舐めまわして毛をむしってしまうことが癖になってしまう場合もあるそうです。そんな時は病気そのものが治ったり、たくさん遊ばせたりして〈退屈〉がなくなった後でも、すっかり毛むしりが当たり前になってしまってなかなかハゲが治らないなんてこともあるようです。
そんな時には、一時的に服などを着せて舐めてしまう場所を覆ったり、遊ばせて気をそらせたりして、徐々に舐める癖をやめさせていくしかないようです。
「ただ、〈葛藤行動〉が全面的にいけないことかというと、そうでもないのです。例えば、牛の場合ですが、〈タングローリング〉といって、舌をべろんべろんと舐めまわしていることがありますが、あれも〈葛藤行動〉で、〈タングローリング〉でストレス発散をしている牛は胃潰瘍が少ないという研究もあるようです」
確かに、子供の頃からの癖で爪を噛んでいるような人もいますが、それが必ずしもその人にとって害になっているわけではなく、それで集中できるとか、ストレスが発散されるのであれば、それはそれで止めさせる必要もないと言えそうです。
「私の飼い猫のカイくんは、お腹がすくとわざと自分の脇腹の毛をむしって私に見せにきます。ほら、こんなにお腹が空いてるんだよ! ほら、毛をむしっちゃうよ!って」
入交先生にお腹が空いていることを伝えるために毛をむしってしまうというカイくんですが、それは彼の癖であり、血が出たり皮膚病に発展するほどでもなく、この猫はこういうことをするんだ、と理解し、受け入れているそうです。
問題は、もはや癖を通り越して、〈常同障害〉という病名がついてしまう場合だと、入交先生はいいます。
〈常同障害〉というのは、人間でいう〈強迫性障害〉と類似の病気だと入交先生は説明します。すっかり綺麗になっているのにいつまでも手を洗い続けてしまうとか、とにかく一定の行動をしないと落ち着かない心理状態に陥ってしまう病気です。
「犬や猫の場合ですと、例えば自分の尻尾を襲ってしまい、ひどい場合には噛みちぎってしまうことも。また、高齢で痴呆になってぼーっとしているのとは違って、執拗にじっと一点を凝視したり、何かに執着して見えないものを追いかけまわしたりする個体もいます」
こうなると、もう病気ですので、獣医さんに相談しなければなりません。主治医に相談し、必要であれば二次診療を受けることも検討した方がいいそうです。インターネットで検索すれば、日本獣医行動学研究会が出している専門の獣医師リストが出てくるので、問い合わせてみるのもいいかもしれません。
指導/入交眞巳(いりまじり・まみ)先生
日本獣医畜産大学(現日本獣医生命科学大学)卒業後、米国に学び、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。日本ではただひとり、アメリカ獣医行動学専門医の資格を有する。北里大学獣医学部講師、日本獣医生命科学大学獣医学部講師を経て、現在は日本ヒルズ・コルゲートのプロフェッショナル獣医学術部所属として活躍している。
文/一乗谷かおり
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