空前の猫ブームといわれる昨今。でも、猫の生活や行動パターンについては、意外と知られていないことが多いようです。
人間や犬の行動に当てはめて考えて、まったく違う解釈をしてしまっていることも少なくありません。昔から猫を飼っているから猫の性格や習性を熟知していると思っていても、じつは勘違いしていたということが結構あるようです。
そこで、動物行動学の専門医・入交眞巳先生(日本獣医師生命科学大学)にお話を伺いながら、猫との暮らしで目の当たりにする行動や習性について、専門的な研究に基づいた猫の真相に迫っていきます。
猫の「表情」
一時期、猫さんがにっこり微笑んでいる画像がインターネット上に出回り、話題になったことがありました。猫がこんな風に嬉しそうに笑うことなんてあるのか、いやいや、猫にはそもそも「表情筋」がないから「笑顔」なんかなくて基本的に無表情なんだ、などといろいろなことがいわれました。結局、その画像は加工したもので、本当にその猫さんがにっこりしているわけではなかったらしいのですが、実際、猫は「笑う」のでしょうか。
「表情筋がない」という言い方はいかにも学術的でもっともらしく聞こえますが、そんなことは全くなくて、猫だって嬉しそうな顔もするし、怒った顔もするし、変顔だってします。猫の顔にもちゃんと筋肉はありますから、いろいろな「表情」を見せることが可能です。
ただ、猫の場合、顔だけで気持ちを表現しているわけではありません。猫に限ったことではありませんが、多くの動物が「ボディランゲージ」、つまり体のいろいろな部分を使って気持ちを表現します。
猫の場合は、尻尾を挙げたり下げたり、振ったり、体に巻き付けたりして感情を表現することがあります。それから、耳をぴくぴくさせるのだって、表情といえば表情です。例えば何か音が聞こえたら、もっとよく聞こえやすくするために耳の角度を変えたりしますが、それと同時に「ん?あれはなんだ?」とその正体を確認したいと思う気持ちが耳の動きに現れているのです。
大好きな飼い主さんに体をすり寄せるのも感情表現の一種ですし、背中の毛を逆立てたりするのは恐怖心などの表れで、これもやはり感情表現の一種です。甘えたような声を出すこともあれば、威嚇してうーっとうなることもありますが、これも感情を表現するための手段です。
人間の場合は「表情」が主に顔での感情表現に限定されることに対し、猫の場合は体のいろいろな部分を感情表現に利用しており、それが「ボディランゲージ」であり、顔も含めた猫の「表情」を構成しているといえます。猫は、耳、尻尾、髭など、人間が使わない、あるいは人間が持っていない体のいろいろな部分を、コミュニケーションをとったり「表情」を作ったりするために使っています。そして顔はその一部でしかない、ということになります。
猫も顔で演技する?
また、人間は顔の表情で気持ちを表現する以外にも、他の人に何かを訴えるために顔の表情を利用することがあります。「目で訴える」とかいった慣用句がありますが、意図的に相手に対して困った顔をしてみせたり、驚いた顔をしてみせたりします。それは演技でもありますが、相手に自分の気持ちを伝える手段のひとつとして表情を使っていることになります。
でも、動物の場合、相手に何か訴えるために表情を作るというより、自然に気持ちが表情に現れる、ただそれだけのようです。だから、「色目を使う」とか、「目くばせをする」とか、「口をとがらせる」とかいったことは猫はしません。撫でられて気持ちが良ければうっとりしたような表情になりますし、恐怖心が高まると背中の毛が逆立って、眉間にしわがよります。自然に気持ちが表情となって表れているだけで、相手に向かって表現しているものではない、ということです。
ただ、そうした猫なりの表情を使ってコミュニケーションをとっていることには違いありません。人間とはコミュニケーションの仕方が違うので、表情による伝え方を人間のように当てはめて考えることはできない、というだけです。
もっとも、猫の様々な「表情」をあえて人間流に解釈して、おもしろいコメントなどをつけた画像をSNSなどにアップするのは、楽しいものです。発信する人も、見る人も、猫がそんなことを思ってはいないと分かっていても、おもしろくてぷぷっと吹き出して笑ってしまったり、微笑ましく眺めたりして楽しむことができます。それもまた、猫やかわいい動物たちが人間に与えてくれる癒しのひとつかもしれませんね。
文/一乗谷かおり
監修/入交眞巳
指導/入交眞巳(いりまじり・まみ)
日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業後、米国に学び、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。日本ではただひとり、アメリカ獣医行動学専門医の資格を持つ。北里大学獣医学部講師を経て、現在は日本獣医生命科学大学獣医学部で講師を勤める傍ら、同動物医療センターの行動診療科で診察をしている。
■わさびちゃんファミリー(わさびちゃんち)
カラスに襲われて瀕死の子猫「わさびちゃん」を救助した北海道在住の若い夫妻。ふたりの献身的な介護と深い愛情で次第に元気になっていったわさびちゃんの姿は、ネット界で話題に。その後、突然その短い生涯を終えた子猫わさびちゃんの感動の実話をつづった『ありがとう!わさびちゃん』(小学館刊)と、わさびちゃん亡き後、夫妻が保護した子猫の「一味ちゃん」の物語『わさびちゃんちの一味ちゃん』(小学館刊)は、日本中の愛猫家の心を震わせ、これまでにも多くの不幸な猫の保護活動に大きく貢献している。
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