「大作」という語には、規模の大きな作品であるという意味と同時に、すぐれて立派な作品、傑作、の意味がある。もちろん、オペラにも、その両義を持つ「大作」と呼ばれる演目があるが、おそらくオペラやクラシック音楽の愛好家のほとんどが、その筆頭として名前を挙げるのが『ニーベルングの指環』だろう。
かのリヒャルト・ワーグナーが、中世の伝説や古代北欧の神話を題材に物語を紡ぎ、作詞・作曲までを独力で完成させた『ニーベルングの指環』は、『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』という独立した4つの楽劇で構成される巨大な作品。その上演は1日1話ずつ、すべてを上演するには実に4日間かかるという文字通りの超大作だ。
この巨大な作品の全4作上演という大型プロジェクトに、昨シーズン(2015ー2016年)から3年間かけて取り組んでいるのが『新国立劇場』(東京・初台)。日本におけるワーグナーの第一人者である飯守泰次郎指揮、巨匠ゲッツ・フードリヒ演出のプロダクションだ。
一年半前にスタートした同プロジェクトはいよいよ後半へと入り、この6月には第3弾『ジークフリート』が上演される。
『ニーベルングの指環』は、ラインの川底に眠る黄金から作った無限の権力を宿す指環をめぐる物語。神話や神々といったキーワードゆえ難解におもわれがちだが、天上界、地下界、地上界で繰り広げられる指環の争奪戦を描いたもので、登場するキャラクターには、私たち人間の中にある愛や欲望、権力、嫌悪が巧みに投影されている。
3作目の『ジークフリート』は、英雄ジークフリートの成長の物語。冒険に出かけた若者ジークフリートが大蛇を退治して、眠れるブリュンヒルデ(『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』と連なる3つの物語の中心人物)を目覚めさせ、やがて結ばれるというメルヘン的なストーリーが展開されていく。
音楽的には、ジークフリートの朗々たる「鍛冶の歌」や、単独で演奏されることも多い「森のささやき」、ラストの壮大な愛の二重唱まで、豊穣でロマンチックな楽曲が並び、聴きどころも多い作品だ。
上演時間6時間に及ぶドラマの中心人物であり、スタミナと表現力が求められる難役中の難役ジークフリートに扮するのは、ステファン・グールド。ウィーン、ミュンヘン、バイロイトなどの世界各地で50回以上歌っている当たり役を、いよいよ新国立劇場の舞台で披露する。
またブリュンヒルデ役は、ワーグナー・ソプラノとして人気絶頂のメカルダ・メルベート。さすらい人ヴォータン役は、『ワルキューレ』で圧倒的な歌唱と真に迫る演技で観客を圧倒したグリア・グリムスレイが再び登場する。
最後に、今回の『ジークフリート』を指揮する、新国立劇場オペラ芸術監督の飯守泰次郎さんのコメントを届けよう。
「恐れを知らぬジークフリートが、過去を破壊して新しい時代を創っていく姿は、私たちに勇気を与えてくれます。長大な愛の二重唱はニーベルングの指環の中でも最も幸せな場面であり、オーケストラの全強奏によるハ長調の最終場面で、喜びは絶頂に達します。ワーグナーの圧倒的な音楽で、この最高潮の瞬間を皆様に体験していただきたいと思います」
世界で最も旬なワーグナー歌手が勢ぞろいしての上演となった今回、オペラファンなら見逃すわけにはいかない。
【新国立劇場 2016/2017シーズンオペラ ワーグナー『ジークフリート』新制作】
[全3幕/ドイツ語上演 日本語字幕付]
■公演日/2017年6月1日(水)~17日(土)
■会場/新国立劇場 オペラパレス/東京都渋谷区本町1-1-1
■問い合わせ/電話 03・5352・9999(ボックスオフィス)
また新国立劇場では、オペラの音楽を演奏会式でじっくりと楽しむことができる公演を特別企画として行っている。その第4弾として5月17日に開催されるのが「ジークフリート ハイライト コンサート」。
出演は、日本を代表するそうそうたるオペラ歌手たち。長大で複雑な大作『ジークフリート』を2時間程度に凝縮して上演。ワーグナーの音楽を楽しむ演奏会としてはもちろん、6月1日からオペラパレスで上演される『ジークフリート』鑑賞の予習として足を運ぶのもオススメだ。
【ジークフリート ハイライト コンサート―邦人歌手による―】
■公演日程/2017年5月17日(水)19時
■会場/新国立劇場 中劇場
■問い合わせ/電話:03・5352・9999(ボックスオフィス)
※各チケット料金や出演者などの詳細は以下サイトをご参照ください。
新国立劇場オペラサイト
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/
https://www.facebook.com/nnttopera/
文/堀けいこ