城の「堀」にこらされた驚くべき工夫の数々

監修/萩原さちこ 取材・文/平野鞠

城の基礎知識や、名将達の戦略について掘り下げていくこの連載。前回の記事、「石仏が頭から突っ込まれているのは何故!? 城の石垣の意外すぎる石材調達法とは」では、城の石垣の中には墓石や石仏など、別の用途で使われていた石材も存在するという意外な事実をご紹介しました。

今回は城の周りを囲む堀についてご紹介していきます。堀も軍事施設である城には欠かすことのできない防備の要です。

■幅100mを超えるものも!敵の侵入を阻む水堀の工夫

みなさんは城の「堀」というとどんなものを想像しますか。江戸城の堀のように水をたたえた雄大な堀をイメージする方も多いのではないでしょうか。

堀には大きく分けて「水堀」と「空堀」の2種類があります。城が平地にある場合は、河川などの水を引き入れることができるため水堀、山や台地にある城は水を引くことができないので空堀になります。

近世は平山城(小高い山や丘に築かれた城)や平城(平地に築かれた城)がほとんどなので、水堀が主流となっているのです。

2つの堀で大きく異なるのが、堀の幅。空堀は幅が広すぎると敵が移動しやすくなるので狭くなっており、反対に水堀は幅が狭いと敵が泳いで渡ってきてしまうので広くしておく必要があります。そのため、江戸城や徳川大坂城、福岡城の水堀は幅100mを超えるところもあるほどです。

また水堀は敵が潜って身を隠すことができないよう、堀の底に尖った木材を埋めたり、つるの長い植物を植えて足に絡みつくようにしたりという細工をしていたともいわれています。

■一度落ちたら這い上がれない「障子堀」

「障子堀」という特徴的な堀を持つのが山中城(静岡県三島市)です。障子の桟のように細かく仕切られた空堀は土がむき出しで、よじ登ることは不可能(現在は保護のために芝が植えられています)。この堀に入った敵を完全に封じ込め、頭上から集中攻撃します。

かつての堀は今よりも深さがあり、桟の幅も狭かったので弓矢や鉄砲が飛び交う中、桟の上を歩くこともできなかったと思われます。

*  *  *

いかがでしたか。山中城の障子堀はまるで巨大アートのよう。天気の良い日は富士山とセットで望めるそうなので、行楽シーズンなどに訪れてみてはいかがでしょうか。

【山中城跡公園】
■所在地/三島市山中新田
■アクセス/JR三島駅より元箱根行きバス「山中城跡」下車、徒歩1分
■問い合わせ先/電話055-985-2970(山中城跡案内所・売店)
http://www.mishima-kankou.com/play/seiroku/yamanakajyo.html

次回も城に関するトピックをお届けします。詳しくはぜひ、『図説・戦う城の科学 古代山城から近世城郭まで軍事要塞たる城の構造と攻防のすべて』をご覧ください。

取材・文/平野鞠
監修/萩原さちこ

萩原さちこ(はぎわら・さちこ)
1976年、東京都生まれ。青山学院大学卒。小学2年生で城に魅せられる。 大学卒業後、出版社や制作会社などを経て現在はフリーの城郭ライター・編集者。 執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座、ガイドのほか、「城フェス」実行委員長もこなす。 おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、 『お城へ行こう! 』(岩波ジュニア新書)、『今日から歩ける 超入門 山城へGO! 』(共著/学研パブリッシング)など。 公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。

【出典】
『図説・戦う城の科学 古代山城から近世城郭まで軍事要塞たる城の構造と攻防のすべて』
(萩原さちこ・著、本体1,100円+税、SBクリエイティブ)

http://www.sbcr.jp/products/4797380781.html

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