文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1180986)の続きです。フランス語のMCはモントルー・ジャズ・フェスのライヴ盤の「お約束」ではありますが、もちろんほかのさまざまなアルバムに収録されています。なかでも強烈な印象を残しているのが、「例外」としたマイルス・デイヴィスのアルバム。「モントルーもの」に並ぶ、ジャズ・ライヴ・アルバムの有名フランス語MCといえばコレ。

マイルス・デイヴィスは1963年7月27日、フランスのアンティーブ・ジュアン・レ・パン・ジャズ・フェスティヴァルに出演。その演奏は『マイルス・イン・ヨーロッパ』(コロンビア)として残されました。アルバム冒頭は司会者のアナウンスです。このために1トラックとってあり、LPでは「イントロダクション」となっていましたが、CDでは「イントロダクション・バイ・アンドレ・フランシス」と、司会者の名前も加えられています。アンドレ・フランシスは1925年生まれ、2019年死去。「ムッシュ・ジャズ」と呼ばれ、その活動はラジオ・テレビ番組の制作やコンサートのプロデュース、評論など多岐に渡り、また、国立ジャズ・オーケストラ(Orchestre National de Jazz)の設立に尽力するなど、フランスでのジャズ拡大に多大な貢献をしました。このアンティーブのフェスでもマネジャーを務めています。

前置きが長くなりましたが、このアナウンスのどこが印象的なのかというと、ミュージシャン名の発音。冒頭の呼び込みを聞こえる通りに書くと、「トニー・ウィリアム、コン・カッフェ、エルビー・アンクック、ジョルジュ・コールマン、マイルス・デビ」なのです。日本語カタカナ表記では、トニー・ウィリアムス、ロン・カーター、ハービー・ハンコック、ジョージ・コールマン、マイルス・デイヴィスとなるところです。当時人名をフランス語読みにする習慣があったのか私にはわかりませんが、それはともかく、この違和感が「フランスのライヴ」の印象を強くしたのは確かです。何度も聴き直してしまいますね。

なお、アンドレ・フランシスは、1969年の同フェスでもマイルスの司会を担当。2013年に発掘リリースされたライヴ・アルバム『ライヴ・イン・ヨーロッパ 1969:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.2』(コロンビア)でもその声を聞くことができます(こちらはチック・コリアも「シック・コリア(Chick Corea)」です。『イン・ヨーロッパ』を意識している?)。

マイルス・デイヴィスは、この『イン・ヨーロッパ』から翌年64年にかけて各地をツアーし、そのライヴ盤を連続リリース。ニューヨークでの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』『フォア・アンド・モア』、そして日本の『マイルス・イン・トーキョー』、ドイツの『イン・ベルリン』と続きます(いずれもコロンビア)。これらのアルバムでは、リリース当時と現在では司会者の扱いが変わってきています。

ニューヨークの2枚は64年2月の同一のコンサートを2枚に分けてリリースしたもの。『フォア・アンド・モア』の一部に「締め」のアナウンスが少し入っていましたが、司会者のクレジットはなし。それが、その2枚をカップリングした『ザ・コンプリート・コンサート』(コロンビア/日本盤未発売)では、「イントロダクション・バイ・モート・フェガ」として冒頭の長い呼び込みアナウンスが新規収録されています。モート・フェガは1921年生まれ、2005年死去。1950年代半ばからニューヨークを拠点に活躍した人気ラジオDJです。彼はこのアルバムのオリジナルのライナーノーツも書いていましたが、司会もしていたのでした。1961年にオリヴァー・ネルソンが作曲・発表した「ブルース・フォー・M.F.」はモート・フェガのこと(第249回の「ラジオDJトリビュート曲」リストに加えてください)。ドナルド・フェイゲンは、モート・フェガから大きな影響を受けたと自著に記しています。

『イン・トーキョー』の司会者は、ジャズ評論家の「いソノてルヲ」(1930〜99)。LPでは「イントロダクション」とあるだけでしたが、現在のCDでは「イントロダクション・バイ・テルオ・イソノ」という独立したトラックになっています。

この一連のライヴ盤はサックス以外のメンバーは同じで、レパートリーも重なっているということもあって、その差別化に司会者のアナウンスは好適だったということもあるのでしょう。また、各国の言語により「世界のマイルス」感も増大するということもありますが、コンサートでは司会者の存在は重要であるということの表れでもあると思います。なにしろ、聴衆がそのステージで一番最初に耳にするのは、司会者の声なのですから。もちろんミュージシャンにも影響は大きいはず。その認識は後年(アンドレ・フランシスやモート・フェガへの高評価もあって)ますます強くなり、追加収録やクレジット表記という形になったのでしょう。残念なのは『イン・ベルリン』には、司会者のアナウンスが収録されていないこと(今も追加されていません)。それがあれば、世界4か国語の「Miles Davis」を比較して聞けたのに。

(なお、前述『ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.2』に収録の1969年ベルリン・ライヴのDVDにはたっぷりドイツ語のアナウンスが入っています。)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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