前回紹介したように、10インチLPから12インチLPへの移行期(1950年代半ば)には、多くのアルバムで収録音源の再構成、タイトルやジャケット・デザインの変更が行われました。しかし、現在では、もともと10インチLPでリリースされたLPでも「12インチLPがオリジナル」と認識されていることも少なくないようです。ですから、このあたりのアルバムの鑑賞にあたっては、録音時期だけでなく、発売時期にも目を向けることが大切です。時代背景は、アルバム制作に大きな影響を与えているのです。少なくともその移行時のタイトルとジャケットの変更は、アルバムの印象に大きな違いをもたらしたはずです。作り手側からすれば、もたらせた、ということになりますが。

たとえば、マイルス・デイヴィスの『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』(以下『ジャズ・ジャイアンツ』)(プレスティッジ)は、マイルスとセロニアス・モンクの唯一の共演アルバムとして知られます。1954年のクリスマス・イヴの録音で、マイルスとモンクがレコーデイング中にケンカしたとか(実際はしていないといわれる)というエピソードもとても有名ですね。この演奏のほかの参加メンバーはというと、ミルト・ジャクソン、パーシー・ヒース、ケニー・クラークというモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)からの3人。さらに、ジャケットには、ジョン・コルトレーンの名もあります。まさに「ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ」のタイトルにふさわしい顔ぶれです。


『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』(プレスティッジ)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、セロニアス・モンク(ピアノ)、ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)ほか
録音:1954年12月24日、1956年10月26日
収録4曲のうち1曲だけが56年録音の別セッション。2年違っていても一緒のアルバムに入れてしまうのがプレスティッジ流。

クレジットを見ると、時期の違う2組のセッションの音源が収録されていますので、お気づきでしょうが、これは10インチから12インチへ移行したときの編集盤LPです。この有名な「クリスマス・セッション」の音源が最初に発表されたアルバムは、録音の翌55年にリリースされた10インチLP『マイルス・デイヴィス・オール・スターズ vol.1』と『同vol.2』でした。それが『ジャズ・ジャイアンツ』となって新装発売されたのは、4年後の1959年の5月のこと。

その4年の間にマイルスは、マイナー・カンパニーのプレスティッジからメジャーのコロンビアに移籍し、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』、『マイルストーンズ』などを発表。また映画『死刑台のエレベーター』の音楽を手がけるなど大躍進を果たしました。そこでプレスティッジは、10インチから12インチへの移行に際して、その人気にあやかりました。マイルスのみならず、モンクもMJQもメジャーな存在になったので、タイトルを「オール・スターズ」から「ジャイアンツ」に格上げしたのです。さらに、単純に『vol.1』、『vol.2』を1枚にまとめることはせず、のちの別セッションの未発表音源「ラウンド・ミッドナイト」を追加収録し、そこに参加したコルトレーンをはじめ、レッド・ガーランドら(人気が出てきた)マイルス・グループのメンバーの名前もジャケットに載せたのでした。さらにこの曲は『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』収録同曲の別ヴァージョンといえる演奏ですので、とても気を引きますよね。


『マイルス・デイヴィス・オール・スターズ vol.1』(プレスティッジ/10インチLP)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、セロニアス・モンク(ピアノ)、ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)
録音:1954年12月24日
これが『ジャズ・ジャイアンツ』のオリジナルの一部。「モダン・ジャズ・ジャム・セッション」というサブタイトルも「ジャイアンツ」より軽い印象ですね。なお、『ジャズ・ジャイアンツ』に入らなかった『オール・スターズ』の音源は、同じく12インチ編集盤である『バグス・グルーヴ』に収録されました。同じメンバーなのにそちらはマイルス単独名義にしたのも戦略のひとつ?

同じ内容でも、名称の違いだけで印象はかなり違います。「集めてみました」的な「オール・スターズ」より、重々しい「ジャイアンツ」のほうが演奏は上質で、さらにケンカのエピソードも迫真性があるように思えたりしませんか。だとすれば、プレスティッジの思惑にしっかり乗せられてしまった、ということですが、これも「アルバム鑑賞」の楽しみのひとつなのです。

ちなみに「オール・スターズ」の名称は、『オール・スターズ vol.1』、『vol.2』と同じ1954年の、4月29日に録音、同年リリースされた10インチLPでも使われています。J・J・ジョンソン(トロンボーン)やラッキー・トンプソン(テナー・サックス)が参加したそのタイトルは、『マイルス・デイヴィス・オール・スター・セクステット』。この音源は12インチ移行時に、ほかの音源とともに『ウォーキン』(57年リリース)に収録されましたが、名義は「マイルス・デイヴィス・オール・スターズ」でした。こちらは「格上げ」ならずだったのです。と考えると、『ジャズ・ジャイアンツ』参加の面々のその後は、すごい躍進ぶりだったということなのでしょうね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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