前回紹介したように、10インチLPから12インチLPへの移行期(1950年代半ば)には、多くのアルバムで収録音源の再構成、タイトルやジャケット・デザインの変更が行われました。しかし、現在では、もともと10インチLPでリリースされたLPでも「12インチLPがオリジナル」と認識されていることも少なくないようです。ですから、このあたりのアルバムの鑑賞にあたっては、録音時期だけでなく、発売時期にも目を向けることが大切です。時代背景は、アルバム制作に大きな影響を与えているのです。少なくともその移行時のタイトルとジャケットの変更は、アルバムの印象に大きな違いをもたらしたはずです。作り手側からすれば、もたらせた、ということになりますが。
たとえば、マイルス・デイヴィスの『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』(以下『ジャズ・ジャイアンツ』)(プレスティッジ)は、マイルスとセロニアス・モンクの唯一の共演アルバムとして知られます。1954年のクリスマス・イヴの録音で、マイルスとモンクがレコーデイング中にケンカしたとか(実際はしていないといわれる)というエピソードもとても有名ですね。この演奏のほかの参加メンバーはというと、ミルト・ジャクソン、パーシー・ヒース、ケニー・クラークというモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)からの3人。さらに、ジャケットには、ジョン・コルトレーンの名もあります。まさに「ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ」のタイトルにふさわしい顔ぶれです。
クレジットを見ると、時期の違う2組のセッションの音源が収録されていますので、お気づきでしょうが、これは10インチから12インチへ移行したときの編集盤LPです。この有名な「クリスマス・セッション」の音源が最初に発表されたアルバムは、録音の翌55年にリリースされた10インチLP『マイルス・デイヴィス・オール・スターズ vol.1』と『同vol.2』でした。それが『ジャズ・ジャイアンツ』となって新装発売されたのは、4年後の1959年の5月のこと。
その4年の間にマイルスは、マイナー・カンパニーのプレスティッジからメジャーのコロンビアに移籍し、『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』、『マイルストーンズ』などを発表。また映画『死刑台のエレベーター』の音楽を手がけるなど大躍進を果たしました。そこでプレスティッジは、10インチから12インチへの移行に際して、その人気にあやかりました。マイルスのみならず、モンクもMJQもメジャーな存在になったので、タイトルを「オール・スターズ」から「ジャイアンツ」に格上げしたのです。さらに、単純に『vol.1』、『vol.2』を1枚にまとめることはせず、のちの別セッションの未発表音源「ラウンド・ミッドナイト」を追加収録し、そこに参加したコルトレーンをはじめ、レッド・ガーランドら(人気が出てきた)マイルス・グループのメンバーの名前もジャケットに載せたのでした。さらにこの曲は『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』収録同曲の別ヴァージョンといえる演奏ですので、とても気を引きますよね。
同じ内容でも、名称の違いだけで印象はかなり違います。「集めてみました」的な「オール・スターズ」より、重々しい「ジャイアンツ」のほうが演奏は上質で、さらにケンカのエピソードも迫真性があるように思えたりしませんか。だとすれば、プレスティッジの思惑にしっかり乗せられてしまった、ということですが、これも「アルバム鑑賞」の楽しみのひとつなのです。
ちなみに「オール・スターズ」の名称は、『オール・スターズ vol.1』、『vol.2』と同じ1954年の、4月29日に録音、同年リリースされた10インチLPでも使われています。J・J・ジョンソン(トロンボーン)やラッキー・トンプソン(テナー・サックス)が参加したそのタイトルは、『マイルス・デイヴィス・オール・スター・セクステット』。この音源は12インチ移行時に、ほかの音源とともに『ウォーキン』(57年リリース)に収録されましたが、名義は「マイルス・デイヴィス・オール・スターズ」でした。こちらは「格上げ」ならずだったのです。と考えると、『ジャズ・ジャイアンツ』参加の面々のその後は、すごい躍進ぶりだったということなのでしょうね。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。