文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1171669)まで「生誕100年」のジャズ・スタンダード曲を紹介しましたが、では、現在もジャズ・スタンダードとして演奏される「最古」の曲は何でしょう? 調べてみました。

そもそも「初」のジャズ・レコードの発売は1917年ですので、それ以前にどんな曲が演奏されていたかは聴くことはできません。まずはおさらい。そのレコードは、オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド(Original Dixieland Jass Band/バンド名のJassはすぐにJazzに改名)の「ディキシー・ジャス・バンド・ワン・ステップ/リヴァリー・ステイブル・ブルース」。片面1曲収録のいわゆるSP盤です。グループは1917年2月26日にニューヨークでこの2曲を録音し、同年5月にリリースされました(Victor)。それによりオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(以下ODJB)は、たちまち人気バンドとなり、さらに4枚のレコードがリリースされました。同年にODJBが発表した音源は全10曲。そのうち8曲がバンドのオリジナル曲です(なお、「ディキシー・ジャス・バンド・ワン・ステップ」は、当初バンドの作編曲の曲として発表されましたが、曲の一部にジョー・ジョーダン作曲の「ザット・ティーシン・ラグ」(1909年作品)を含んでいることから、のちにクレジットが変更されています)。そのほか2曲が他者による楽曲なのですが、その1曲がなんと、今も演奏されているスタンダードではありませんか! 

その曲は「インディアナ(Indiana)」。作曲はジェイムズ・F・ハンリー、作詞はバラード・マクドナルド。曲名のアタマに「バック・ホーム・アゲイン・イン(Back Home Again in)」が付けられることもあります。この曲は1917年1月に出版登録されているポピュラー・ソングで、同年にODJBのほかにも多くのレコードがリリースされた、当時のヒット・ソングです。

ジャズではODJBのあと、レッド・ニコルズ(29年)、アート・テイタム(41年)、エロール・ガーナー(46年)、デイヴ・ブルーベック(49年)、バド・パウエル(50年)、ルイ・アームストロング(52年)、バーニー・ケッセル(55年)、ジュリー・ロンドン(57年)、ソニー・クリス(59年)、リチャード・グルーヴ・ホルムズ(67年)、オスカー・ピーターソン(75年)、カウント・ベイシー(84年)、ミルト・ジャクソン(99年)、ゲイリー・バートン(2001年)、ワイクリフ・ゴードン(2008年)、ハリー・アレン(2016年)など、40年代以降は流行り廃りなく録音があるジャズ・スタンダードです。


ジュリー・ロンドン『ジュリー』(Liberty)
演奏:ジュリー・ロンドン(vo)、ジミー・ロウルズ・オーケストラ
発表:1958年
「(田舎の)インディアナの故郷が恋しい」と歌う、ラヴ・ソングではないジュリー・ロンドンもいい感じ。

じつはこの曲には元ネタがあり、シンガー・ソングライターのポール・ドレッサーが作詞作曲した「オン・ザ・バンクス・オブ・ザ・ワバッシュ・ファー・アウェイ(On the Banks of the Wabash, Far Away)」の一部が引用されています。この曲は1897年に発表され、当時(レコード普及前なので楽譜で)大ヒットしました。1913年にはインディアナ州歌にもなったほどですから、「インディアナ」は新曲でありながら有名曲かつ懐メロのリメイクでもあるので、おそらくすでにこの時点でスタンダード的な扱いだったと思われます。「既成の曲を自分のスタイルで〈自分の曲〉にする」というジャズの流儀は、ジャズ発祥の時代からすでにあったと見ることができるかもしれません。「オン・ザ・バンクス〜」をルーツとすれば、「インディアナ」はもっとも古いジャズ・スタンダードだといえるでしょう。

「インディアナ」はこのような「歴史のある」曲ですので、今の耳では、カントリー感あふれる古臭い感じがありますが(それが良さでもあるのですが)、1940年代でもすでにそんなイメージだったのでしょう。40年代半ば、ビバップ・スタイルでジャズの最前線にいたチャーリー・パーカーはこの曲を最新型にリメイクしました。それが47年発表の「ドナ・リー(Donna Lee)」。これは「インディアナ」のコード進行をそのまま引用し、ビバップ・フレーズをちりばめたメロディをはめ込んで新しい曲としたのです。現在ではビバップの基本曲のようになっていますが当時は難曲とされ、多くのミュージシャンがその技を競うための素材となりました(マイルス・デイヴィスは、自分が作曲したとのちのインタヴューで語っていますが、パーカーの名演なしではこれほど広まったかどうか)。


ウィントン・マルサリス『スタンダード・ライヴ(From Live at The House Of Tribes)』(Blue Note)
演奏:ウィントン・マルサリス(tp)、ウェッセル・アンダーソン(as)、エリック・ルイス(p)、中村健吾(b)、ジョー・ファーンズワース(ds)
発表:2005年
超高速で疾走するトランペットのソロからは、ゆったりとした「インディアナ」のイメージはまったく感じられません。しかし「インディアナ」がなければこの曲は生まれませんでした。こうしてジャズの歴史は脈々と繋がっていくのです。

「ドナ・リー」の録音はたいへん多くありますが、どれを聴いても素朴な「インディアナ」の痕跡は感じられません。「インディアナ」と「ドナ・リー」が同じ曲であることを確認したければ、ベニー・ゴルソンの『ポップ+ジャズ=スウィング』(Audio Fidelity)(62年)を聴いてみてください。左チャンネルにストリングスで「インディアナ」が、右チャンネルはホーンで「ドナ・リー」のメロディが同時進行します。また「ドナ・リー」は、76年にジャコ・パストリアスがデビュー作『ジャコ・パストリアスの肖像』(Epic)で取り上げて以来、エレクトリック・ベースの必修曲のようにもなり、ますますスタンダードとして広まっていきました。

100年を超える歴史がある楽曲も、今日のヒット曲も、同じく「自分の曲」にして演奏する(演奏してしまう)のがジャズ。楽曲は自己の表現の「素材」なのです。

* * *

「生誕100年」のジャズ・スタンダード(1) https://serai.jp/hobby/1170954

「生誕100年」のジャズ・スタンダード(2) https://serai.jp/hobby/1171669

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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