文/池上信次

ジャズには100年の歴史があります。2010年代後半、この「100年」をテーマにしたCD・書籍の相次ぐリリースや、小学館からCDマガジン『ジャズ100年』シリーズが刊行される(2014年創刊、5年間で完結)などして、ジャズには100年の歴史があることがジャズ・ファンのみならず広く認識されたと思います。

この「100年」の起点になっているのは、1917年、「最初のジャズ」のレコーディングです。それを演奏しているのは、ニューオリンズを拠点に活動していた「オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド」。レコーディングはレコード会社のあったニューヨークで行われました。ジャスは誤植ではありません。「Jass」なのです。当時はまだジャズという呼び名は定着しておらず「ジャス」とも呼ばれていたのでした(のちにオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドに改名)。

オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド
[ニック・ラロッカ(コルネット)、エディ・エドワーズ(トロンボーン)、ラリー・シールズ(クラリネット)、ヘンリー・ラガス(ピアノ)、トニー・スバーバロ(ドラムス)]
リーダーはコルネットのニック・ラロッカ(1889年4月11日〜1961年2月22日)。彼らの周囲には同様のバンドが多数存在していたと考えられますが、「最初の録音」となったのは人気と実力があったからなのでしょう。録音は1917年2月26日、「リヴァリー・ステイブル・ブルース」「ディキシー・ジャス・バンド・ワン・ステップ」の2曲でした。

ジャズはいつどこで生まれたか?というのは、「19世紀末、アメリカ・ルイジアナ州のニューオリンズで」というのが定説になっています。フランスそしてスペインに統治されていた歴史がある港町、ニューオリンズ。そのヨーロッパの文化がある土壌で、アメリカ南部のブルースやカリブ海経由で入ってきたラテン音楽など、さまざまな音楽が出会い、新しい音楽としてカテゴライズできるスタイルが生まれた、ということがジャズの発祥といえるでしょう。ジャズはアフリカン・アメリカンの音楽というイメージをもつ方も多いと思いますが、遠因にアフリカがあったとしても、こうした流れの上で生まれた、多文化の混合により生まれた音楽といえるでしょう。

そのジャズ発祥に直接大きな影響を与えた音楽には「ラグタイム」と「ブルース」があります。どちらもジャズとは異なる音楽ですが、ジャズより前にアメリカで流行し、ジャズを形作った要素として外せないものです。代表的なアーティストを紹介すると、ラグタイムはスコット・ジョプリン。代表曲「メイプルリーフ・ラグ」は、どなたもきっと耳にしたことがあるでしょう。ブルースはW・C・ハンディ作曲の「セントルイス・ブルース」がよく知られるところです。

さて、ジャズです。なぜこの1917年の「レコーディング」が起点になっているのでしょう。その理由は、それ以前にはジャズの「音」が残っていないから。オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンドの前からジャズはあったわけですが、記録する「レコード」が普及していなかったので、「演奏された音楽」が残されていないのです。それ以前はすべて「伝説」となっているのですね。では、なぜ、そのルーツの一部がラグタイムやブルースにあるとわかるのかというと、それらは音楽を知ることができるから。たとえば「メイプルリーフ・ラグ」は1899年の作曲で、1917年よりずっと前です。にもかかわらずその音楽を知ることができるのは、楽譜に書かれていたからです。さらにはピアノロール(自動演奏ピアノの巻紙メディア)まで作られていました。W・C・ハンディのブルースも同様に、最初は楽譜に書かれた合奏音楽だったのです(言うまでもなく、もっと古いいわゆるクラシック音楽は全部楽譜の音楽ですね)。

オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンドの演奏は集団即興で成り立っています。ひとたび演奏した音楽は当人たちでも再演不可能ですから、楽譜での記録は困難です。演奏した音楽は残せません。今回の主題はもうおわかりですね。そうです、ジャズは最初から「楽譜にできない音楽」だったのです。というか「あらかじめ書かれていない音楽」「書き残せない音楽」、言い換えれば「演奏と同時に作られ、終われば消えてしまう音楽」が「ジャズ」という新しい音楽だったのです。それが、レコードというメディアが誕生して、初めて記録することが可能になったというわけですね。100年前、レコードに記録するという行為が、逆にジャズの本質を明確にしたともいえます。100年の間、ジャズのスタイルは変化の連続で、この先も変化しつづけるでしょう。でも同じく「ジャズ」と呼ばれるのは、その本質が脈々とつながっているからなのです。

さて、その「前ジャズ」時代の音楽、初期のジャズはどんな音楽だったのか。これらは現在、偶然耳にするような機会はほぼないと思いますが、格好の教材が発売されています。ぜひご自身の耳で確かめてください。

電子書籍:『サブスクで学ぶジャズ史 01 ・ジャズの誕生~1920年代』
(池上信次著・小学館スクウェア)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09d09883

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「プレイリスト・ウイズ・ライナーノーツ」の第15巻。タイトルどおりジャズの誕生から1920年代のジャズを解説しています。Spotifyをはじめ主要サブスク4社のプレイリストが付いていますので、解説を読みながら音が聴けるという画期的な電子書籍です。リンク付きなので端末からプレイリストに直接アクセスが可能です。シリーズのコンセプトは「明瞭簡潔」。サクッとジャズの歴史が学べます(拙著で恐縮です)。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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