文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1170954)に続いて「生誕100年のジャズ・スタンダード」を紹介します。

生誕100年のジャズ・スタンダード

5)「イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー(It Had To Be You)」
作詞:ガス・カーン 作曲:アイシャム・ジョーンズ
出典:アイシャム・ジョーンズ・オーケストラ『イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー』(Brunswick)

邦題は「もしあなただったら」。この曲はミュージカルではなくポピュラー・ソング。アイシャム・ジョーンズ・オーケストラによるインスト版レコードがヒットし、同年にマリオン・ハリスによるヴォーカル版など多くのカヴァー・ヴァージョンのレコードが作られました。その後、『彼奴は顔役だ!』(39年公開)、『カサブランカ』(42年)、『アーニー・ホール』(77年)、『恋人たちの予感』(89年)など多くの映画でも使われています。

ジャズでは、ズート・シムズ(52年)、バド・シャンク(55年)、ハリー・カーネイ(55年)、ビリー・ホリデイ(55年)、ダイナ・ショア(56年、60年)、トニー・ベネット(57年)、ジュリー・ロンドン(57年)、パティ・ペイジ(58年)、ジョニー・ホッジズ(57年)、ソニー・スティット(59年)、アニタ・オデイ(60年)、フランク・シナトラ(80年)、シャーリー・ホーン(91年)らの演奏がよく知られますが、多くが50年代に集中しています(年は録音年または発表年)。ジャズ・スタンダードとして認識されていますが、現在では「ちょっと古い」イメージがあります。メロディも歌詞もわかりやすく、昔のポップスとしてのヒットも納得の名曲ですが、いかにもジャズ的かつシンプルなコード進行が、ジャズ・ミュージシャンには逆に物足りなかったのかもしれません。


ビリー・ホリデイ『ミュージック・フォー・トーチング』(Clef)
演奏:ビリー・ホリデイ(ヴォーカル)、ハリー・スウィーツ・エディソン(トランペット)、ベニー・カーター(アルト・サックス)、ジミー・ロウルズ(ピアノ)、ジョン・シモンズ(ベース)、ラリー・バンカー(ドラムス)
録音:1955年8月
トーチはたいまつ、そして燃えるような恋愛の意味。アルバムの1曲目が「イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー」。

一方、その「いかにもジャズ的」なところに目をつけたのがポップスのシンガーたち。自身のふだんの作品系列から離れて「ジャズ・アルバム」(いわゆる「企画もの」)を作るポップス(非ジャズ)・シンガーは多いですが、それらのアルバムでこの曲はたいへん多く歌われているのです。調べて驚きました。

古いところでは、ファンクの帝王、ジェイムズ・ブラウン(69年『ゲッティン・ダウン・トゥ・イット』Polydor)がアコースティック・ピアノ・トリオをバックに、シャウトや「シュバドゥバ」を交えながらこの曲を歌っています。シンガー・ソングライターのケニー・ランキンは95年の『プロフェッショナル・ドリーマー』(Sony)で、カントリーのケニー・ロジャースは96年『ヴォート・フォー・ラヴ』(QvC)で歌っています。

もっとも知られるのはロッド・スチュワートでしょう。2002年リリースの『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』(J Records)で歌っています。アルバム原題は『It Had to Be You… The Great American Songbook』。これはビルボード200チャート(総合アルバム・チャート)で最高位4位、発売当初で100万枚、2006年には300万枚セールスに達する大ヒット・アルバム(認定はアメリカ・レコード協会RIAAによる)になりました。続編も4枚作られ、スチュワートのジャズ転向(?)のきっかけになりました。

ロッド・スチュワートに影響されたのか、その後もこの曲は「ジャズ企画もの」で頻繁に取り上げられました。バーブラ・ストライサンドは2014年の『パートナーズ』(Sony)でマイケル・ブーブレとのデュエットで歌っています。2016年にはボブ・ディランが『フォールン・エンジェルズ』(Sony)で、2019年には松田聖子が『SEIKO JAZZ 2』(EMI)で「もしあなただったら」のタイトルで歌っています。この曲は、2000年代は「ジャズ・ヴォーカリストが歌わない(けれども有名な)ジャズ・スタンダード」という感じですね。


松田聖子『SEIKO JAZZ 2』(EMI)
演奏:松田聖子(ヴォーカル)ほか
発表:2019年
松田聖子2作目のジャズ・アルバム。プロデュースは、テイク6のメンバーとしてグラミー賞5回受賞のマーヴィン・ウォーレン。

インストでは、ケニー・Gが2006年のジャズ・スタンダード集『ムード・フォー・ラヴ』(Sony)でやっています。チャートではジャズにカテゴライズされるケニー・Gですが、これはポップス側からのアプローチと見てもよさそう。 100年の間に「イット・ハッド・トゥ・ビー・ユー」は、ポップスのヒット曲から映画とジャズの世界を彩り、そしてまたポップスの世界に戻ってきたのでした。歌に歴史あり。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 


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