文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1169311)は2024年に生誕100年を迎えるジャズ・ミュージシャンを紹介しましたが、今回は生誕(=発表)100年となるジャズ・スタンダードを紹介します。100年前に作られ、長年演奏され続けて「スタンダード」となったわけですから、その呼称のとおりこれらは現在も「普通に」演奏されています。ジャズの歴史は100年前から脈々と繋がっているのです。

まずは時代背景から。アメリカの1920年代は「黄金の20年代」「狂騒の20年代」などと呼ばれる、第一次世界大戦後の好景気を背景に産業や文化が急速に発展した時期でした。ラジオの商業放送が始まり、音声付き映画が公開されたのも20年代のこと。スコット・フィッツジェラルドの小説に由来する「ジャズ・エイジ」という呼称もあるように、ジャズという新しい音楽が注目された時代でもあります。ジャズの中心地はニューオリンズからシカゴを経て、20年代半ばにはニューヨークに移り、全国的に広い人気を得るようになります。また、ニューヨーク・ブロードウェイのミュージカルも大盛況。優れた作品がたくさん制作されました。(しかし、この好況と繁栄は29年の大恐慌で終焉します)

「生誕100年のジャズ・スタンダード」は、そのような時代に作られました。今回はミュージカル由来の4曲を紹介します。いずれもよく耳にする曲だけに、「100年」にはあらためて驚いてしまいます。

生誕100年のジャズ・スタンダード

1)「ファッシネイティング・リズム(魅惑のリズム)(Fascinating Rhythm)」
2)「オー・レディ・ビー・グッド(Oh, Lady Be Good!)」
作詞・作曲:アイラ・ガーシュウィン&ジョージ・ガーシュウィン
出典:ミュージカル『レディ・ビー・グッド』

『レディ・ビー・グッド』は、ガーシュウィン兄弟コンビ初のミュージカル。このミュージカルでは、この2曲のほかにも、スタンダードとなった「ザ・マン・アイ・ラヴ(The Man I Love)」の曲の一部が使われました(完全版は27年のミュージカル『ストライク・アップ・ザ・バンド』で発表)。ガーシュウィン兄弟は多数のミュージカル曲を作りましたが、そこからたくさんのジャズ・スタンダードが生まれました。

「ファッシネイティング・リズム」のジャズとしての録音は、ベニー・グッドマン(48年)、スタン・ケントン(53年)、エラ・フィッツジェラルド(50年、59年)、サラ・ヴォーン(64年)、デイヴ・グルーシン(91年)、ディー・ディー・ブリッジウォーター(93年)、ジェイミー・カラム(2005年)、トニー・ベネット&ダイアナ・クラール(2018年)などがあります。

「オー・レディ・ビー・グッド」は、カウント・ベイシー・オーケストラ(38年)、エラ・フィッツジェラルド(47年)、ケニー・バレル(58年)、ジーン・ハリス(95年)の演奏がよく知られるところ。


エラ・フィッツジェラルド『ジョージ・アンド・アイラ・ガーシュウィン・ソングブック』(Verve)
演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ネルドン・リドル・オーケストラ
録音:1959年
エラが歌うガーシュウィン名曲集。オリジナルはLP5枚に59曲が収められていますが、そのほとんどがジャズ・スタンダードとなっています。「ジャズ」ガーシュウィン集はたくさんありますが、なかでも最高のひとつ。アイラ・ガーシュインは「エラが歌うのを聞いて、私たちの歌がどれほど素晴らしいかが初めてわかった」と語った(ジャズ評論家ジョージ・T・サイモンによるインタヴュー)というエピソードがあるほど。

3)「ティー・フォー・トゥー(Tea for Two)」
4)「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ハッピー(I Want To Be Happy)」
作詞:アーヴィング・シーザー 作曲:ヴィンセント・ユーマンス
出典:ミュージカル『ノー・ノー・ナネット』

『ノー・ノー・ナネット』は1924年にシカゴで初演、翌25年にブロードウェイで公演されました。このミュージカルは20年代のヒット作のひとつと伝えられています。30年と40年に同名で映画化、50年には『Tea for Two(二人でお茶を)』(ドリス・デイ主演)のタイトルで映画化され、こちらも大ヒットとなりました。なお、このほかのヴィンセント・ユーマンスの作曲作品でジャズ・スタンダードになっているものには、「モア・ザン・ユー・ノウ」「サムタイムズ・アイム・ハッピー」「タイム・オン・マイ・ハンズ」などがあります。

「ティー・フォー・トゥー」は、ビング・クロスビー(41年)、リー・ワイリー(52年)、バド・パウエル(53年)、ジェリー・マリガン(54年)、オスカー・ピーターソン(54年)、セロニアス・モンク(56年)、アニタ・オデイ(58年)、ジェリ・アレン(94年)、パスクァーレ・グラッソ(2019年)など多くの録音があります。「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ハッピー」は、ベニー・グッドマン(37年)、グレン・ミラー(39年)、 ソニー・スティット(51年)、スタン・ゲッツ(58年)、チック・コリア(94年)などがあります。1)2)も同様ですが、ひとたびスタンダードとなると、「同じミュージカルで使われた曲」という認識はまったくなくなってしまいます。名曲はミュージカルと離れてもそれぞれに魅力があるということですね。


アニタ・オデイ『ライヴ・アット・ミスター・ケリーズ』(Verve)
演奏:アニタ・オデイ(ヴォーカル)、ジョー・マスターズ(ピアノ)、L・B・ウッド(ベース)、ジョン・プール(ドラムス)
録音:1958年4月27日
ジャズ・ヴォーカルで「ティー・フォー・トゥー」といえば、まずこの演奏が筆頭に上がります。自由自在のフェイクとスキャットがあふれ出る名唱で、アニタの代表曲のひとつとなりました。映画『真夏の夜のジャズ』では、同年夏のライヴ・パフォーマンスを見ることができます。

注意しておきたいのは、作られたのは100年前でも、これらの曲がジャズ演奏の素材として演奏されるようになったのは、1950年代以降が多いということ。「既成の曲を自分のスタイルで〈自分の曲〉にする」というジャズの流儀はその頃に定着したのでしょう。それらの曲がジャズ・スタンダードとなったときは、もうすでにそこそこ「懐メロ」だったのです。もちろん残ったのは名曲だったからですが、古くさくなっていないのは、ジャズ・ミュージシャンたちがそこに新しい感覚を入れて「新しい曲」として演奏したから。そこがジャズの勝負どころともいえますが、そのためにはよく知られた古い曲のほうが、力を発揮できる、わかりやすいという面もあったと思います。その後もジャズ・ミュージシャンのスタンダードに対するスタンスは同様です。「スタンダード」はその字面どおり、ジャズの標準、基準としてこの先も長く演奏され続けられることでしょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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