文/中村康宏
睡眠は人生の約1/3を占めます。その睡眠には、疲労回復・損傷修復といった、脳や身体の機能を正常に維持する役割があることがわかっています。
さらに近年の研究で、睡眠の長さや質によって代謝効率や病気のなりやすさが変わり、寿命にも関連していることが明らかになってきました。
睡眠については未だに完全に解明されておらず、医療者であっても「日常でよく経験するが、なぜ起こっているのかよく知らない」ということが多々あります。
そこで今回は、睡眠にまつわる7つの豆知識(トリビア)について、それぞれ解説を試みたいと思います。
【睡眠トリビアその1】
眠気はなぜおきるのか?
眠気の強さを決める主たる要素は、「睡眠物質の量」と「体内時計の周期」の2つです。
まずアデノシンなどの「睡眠物質」が脳内に十分蓄積されると、脳が「起きている状態」から「眠る状態」に移行します。この睡眠物質は、まるで鹿おどしの水のように、寝ると量が減り、覚醒時間と比例して溜まっていく、ということを繰り返します(*1)。
一方、眠気を覚ます覚醒信号を作るとされているのが「体内時計」です。こちらは睡眠物質の量に関わらず、時間帯によって変化します。
徹夜明けの朝、妙に頭が冴えているという感覚を味わったことはないでしょうか? これは、睡眠物質は脳内に溜まって眠いはずなのですが、体内時計によって眠気が抑えられているのです。
【睡眠トリビアその2】
眠くなると手が温かくなるのは何故?
眠くなると体がポカポカしてくる感じを、誰もが経験したことがあると思います。これは最近の研究によると、睡眠が始まる前に皮膚の血流が増加して体表面の温度が高くなり、体内の熱を放散するためとわかっています。そのことによって体内の温度(深部体温)が下がると、生命を支えている体内の酵素反応が不活発化し、代謝が下がり、脳を含んだ全身の休息状態が作り出されるのです。
また、睡眠導入は深部体温の低い時間帯に起こり、深部体温の高い時間帯には起こりにくいことが報告されています(*2)。冷え性の人は体表温度が上がりにくいため、なかなか寝付けないということを経験したことがあると思います。
また、室温が高いと体の中に熱がたまってしまい睡眠に移行できません。蒸し暑い夜は寝苦しいというのは、熱の放散がうまくできていないことが原因なのです。
【睡眠トリビアその3】
「休息」と「睡眠」の違いとは?
「休息」と「睡眠」とは、一見同じように感じられるかもしれませんが、実は違います。脳が眠っている状態の「睡眠」と、単に活動を止めているだけで眠っていない状態の「休息」は異なるのです。
例えば、睡眠は体内時計の影響を受けますが、休息は影響を受けません。そして、睡眠の量は体の活動量には直接比例せず、覚醒の量に比例します。これに対し,休息の量は運動の量に比例関係にあるのです。
レム睡眠、ノンレム睡眠という言葉を聞いたことがあると思いますが、根本的な違いは「脳が休息状態かどうか」ということなのです。レム睡眠では、体は「休息状態」にありますが、脳は覚醒時に近い状態にあります。一方でノンレム睡眠では、脳も「休息状態」になり一番深い睡眠が誘導されます(*3)。
【睡眠トリビアその4】
いびきはカラダのSOS
いびきは、深酒したり疲れている時に一般的に起こるため、「誰でもかくもの」として特に異常とされていませんでした。しかし近年、いびきは上気道(口・鼻から喉まで)のどこかが狭くなったり閉塞した時に生じる「睡眠中の異常呼吸音」と考えられるようになりました。
上気道が細くなるということは、首を占められたように空気の通り道が細くなって息ができない苦しい状態です。寝ている間、無呼吸(または無呼吸に近い状態)状態が長期間にわたって続くと、疲労が蓄積し、体や脳が休まりません(*4)。
例えば、新幹線やトラック運転中の事故は単なる不注意ではなく「閉塞性無呼吸症候群」という睡眠障害によるものだと注目されています。これは、上気道閉塞による無呼吸のため睡眠の質が悪い状態です。そのため今では、日中の強い眠気や疲労等が改善せず、運転中に突然意識を失うような睡眠に陥ることが、運転中の事故を引き起こす原因と考えられています。
【睡眠トリビア5】
歳を取ると眠りが浅くなるのは何故?
日本人の5人に1人は「自分は不眠がちだ」と感じている、という調査結果があります(*5)が、貴方はいかがでしょうか。
不眠症は、寝付くのに普段より2時間以上かかる「入眠障害」、一旦寝ついても夜中に2 回以上目が醒める「中途覚醒」、 朝起きたときにぐっすり眠った感じが得られない「熟眠障害」、朝普段よりも2時間以上早く目が醒めてしまう「早朝覚醒」、などの種類があります。その原因は、病気によるもの、老化による変化、心理的要因(ストレスなど)、身体的要因(痛みなど)、薬の副作用、生活習慣の乱れ、などが挙げられますが、ほとんどの場合、様々な原因が重なりあって不眠になります。
とくに老化による不眠は、誰でもが経験しうることです。人は加齢とともに体内時計に変化が起こり、生体機能リズムが若い頃と変わって睡眠相が前進します。つまり、加齢によって早寝早起きの体質へと変化するのです。また、睡眠の質では深い睡眠が減少し、浅い睡眠となり、その結果、中途覚醒や早朝覚醒が増加します。
不眠は生活の質を低下させる要因となりますが、対策として安易に睡眠薬に頼るのではなく、まずは病院で併存する原因(睡眠時無呼吸症候群など)を検査したり、昼夜逆転の生活、パソコンを見すぎるなどの生活習慣の改善を行ってください(*6)。
【睡眠トリビアその6】
コーヒーを飲むと眠れなくなる仕組みは?
コーヒーやお茶には「カフェイン」が含まれています。カフェインは脳内のアデノシン受容体に結合しアデノシンの役割である「睡眠導入」を阻害することが知られています(*7)。その効果によってコーヒーを飲むと眠気がなくなるのです。
ただし、アデノシン受容体の感受性には個人差があり、同じ量のカフェインを摂取しても覚醒効果には個人差があります。
また、遺伝子によってカフェインの代謝に個人差があります。カフェインの代謝は肝臓の「CYP1A2遺伝子」によって制御されていることが知られており、その遺伝子の量によって代謝スピードが異なることが知られています。そのため、カフェインが体内で半分の量に代謝されるのにかかる時間は4〜6時間と個人によって幅があります(*8)。
【睡眠トリビアその7】
「寝る子は育つ」は本当か?
睡眠に依存して分泌されるホルモンの一つに「成長ホルモン」が挙げられます。その名のとおり、成長促進作用、タンパク質・糖・脂・骨などの代謝作用をもち身体の成長や細胞の修復や免疫機能とも深く関係していることが知られています。
また、睡眠は脳の発達過程と関係しています。生まれたばかりの新生児はまだ脳の発育が不十分で、1日の大半を眠って過ごしますが、生後 3 〜 4ヶ月頃から安定した睡眠リズムとなり、急速に睡眠時間が減少します。このことから、睡眠は脳の発達を促すためにも重要な生理現象であると考えられています(*9)。
* * *
以上、今回は睡眠にまつわるさまざまな豆知識を、医学的に解説しました。
睡眠時間は体を休めるだけでなく、様々な機能を回復するための時間でもあります。さらに、睡眠不足は生活習慣病をはじめとする様々な病気のリスクになります。
睡眠時間をおろそかにせず、規則正しい睡眠を心がけてください。
【参考文献】
※1.Science 2000; 287: 1834-7
※2.Folia Pharmacol Jpn 2009: 129; 408-12
※3.Hum Neurobiol 1982; 1: 195-204
※4.睡眠呼吸障害 診断・ 治療ガイドブック 2011
※5.厚生労働省
※6.睡眠障害国際分類
※7.Nature 2002: 418; 734-6
※8.The American Journal of Clinical Nutrition 2012: 95: 241-8
※9.日本衛生学雑誌 2018; 73: 22-8
文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。