文/中村康宏

「遺伝子」や「DNA」という言葉は新聞、雑誌、ネット、テレビ番組などに氾濫しています。「がんになりやすい家系」「高血圧になりやすい家系」など、病気の話題に遺伝に関するはつきものですが、その複雑さゆえ、実は内容をよく理解できていないという人も多いのではないでしょうか。

はたして「遺伝」と「病気」はどのように関わっているのでしょうか? 「遺伝子検査」では何がわかるのでしょう?

今回はそんな、遺伝と病気との関わりについて解説します。

*  *  *

まず、DNA、染色体、遺伝子、ゲノム……など、遺伝に関する言葉はたくさんありますが、その違いについては意外と知られていません。細かい役割を知る必要はありませんが、がんや高血圧などの病気との関連性を理解するには、それぞれの違いや特徴をざっと知っておく必要があります。順に見ていきましょう。

DNAと遺伝子の違いは?

まず「DNA」ですが、これは「デオキシリボ核酸」のことで、遺伝情報を保存・伝達し、カラダを作るための指示や調整を担う高分子生体物質です。

一方、DNAの中に、身長や顔の形などのカラダの設計図となる情報を持つ部分があり、これを「遺伝子」と呼びます。この遺伝子部分はDNA全体の1.5%程度で、残りの部分は遺伝子ではありません。この遺伝情報を有しない部分は、遺伝子の働き方を複雑に調節し、カラダづくりを行います(※1)

DNAと染色体の違いは?

DNAが「ヒストン」と呼ばれるタンパク質に巻きついた形のことを「染色体」と言います。DNAが染色体の構造を取ることで、細胞分裂の際に遺伝情報が正しく伝達されます。人間の場合、1細胞につき46本の染色体が存在します。

ゲノムとDNAの違いは?

DNAが遺伝情報を持った“モノ”であるなら、DNA に保存されている遺伝“情報”のすべてを「ゲノム」と称します。

以上、これらの違い、なんとなくご理解いただけましたか?

染色体とDNAの違い:染色体はDNAが「ヒストン」と呼ばれるタンパク質に巻きついた形のことを言います。

遺伝子の異常が起こす病気は大きく2種類

さて、次に「遺伝」と「病気」の関係についてお話します。

多くの病気の発症には、持って生まれた「遺伝要因」と、生活習慣などの「環境要因」とが関係します。生活習慣病をはじめとする多くの疾患は、遺伝要因と環境要因の両方が寄与する「多因子疾患」と呼ばれる病気です。一方、遺伝要因だけで発症する病気も存在し「単一遺伝子疾患」と呼ばれています。

「単一遺伝子疾患」は、父親、母親の両方から受け継いだ2種類の同じ遺伝子の相互作用により、病気になるかどうかが決まる特徴があります。このタイプの疾患としては、家族性大腸腺腫症や筋ジストロフィーなどが挙げられます(※2)。これらの一部は、出生時に行われる必須検査で全員検査されます。

一方、生活習慣病をはじめとする多くの疾患は、遺伝要因と環境要因の両方が寄与する「多因子疾患」です。多因子疾患では複数の遺伝子が少しずつ発症に関与するもので、個々人によって保有する発症関連遺伝子の組み合わせが異なります。

「多因子疾患」としては、例えば糖尿病やがんが上げられますが、これらは複数の遺伝子に偶然起こった変異の蓄積が、最終的に病気の発症へとつながるのです(※3)

遺伝子検査でわかること

このような遺伝子的な個性や体質は「遺伝子多型」と呼ばれ、個人向けの遺伝子検査で調べることができます(病院で行う遺伝子検査とは異なります) 。

ただし、この遺伝子検査を受ける際に頭に入れておくべきことがあります。それは、検査の結果わかるのが病気を直接引き起こす「原因遺伝子」ではなく、病気のリスクを高める「感受性遺伝子」であることです。

つまり、遺伝子検査の結果、ある病気になりやすいという診断が出たからといって、必ずその病気になるとは限らないのです。また、遺伝要因と環境要因の割合も、病気の種類や個人差によって異なるため、遺伝子検査のみでは測れません。このことは検査を受ける前に頭に入れておきましょう(※4)

多くの病気は遺伝的要因と環境的要因の両方が寄与する。

 

年齢とともに発病リスクが増える理由

遺伝子は先天的な遺伝だけでなく、環境によっても影響を受けます。例えば、環境中に存在する物質、またはカラダの代謝活動によって生じる活性酸素DNA の酸化に関与します。これがDNAの突然変異を引き起こし、発がんや生体の老化に深くかかわっていることが示唆されてきました(※5)

また、カラダは外界の物理的刺激や化学的刺激に反応して適応行動をとります。そのために、増殖因子やホルモンなどを介して細胞間の情報のやりとりが行われます。この情報をもとに、細胞周期の制御にかかわる遺伝子(p53遺伝子など)が、細胞分裂を抑制したり細胞増殖させたりします。この制御がうまくいかなくなるとがんになってしまいます。

重要な遺伝子が傷ついてしまうと病気を引き起こし、また傷が残ってしまうと誤った遺伝情報が次の世代に引き継がれてしまいます。それを防ぐため、DNAの損傷を修復する複数のメカニズムが生体には備わっています。

これらの修復メカニズムは、2015年にノーベル賞を受賞の対象となり注目を浴びました(※6)。この修復機能は年齢により少しずつ低下するため、年齢とともにがんや変性疾患(アルツハイマーやパーキンソン病)のリスクが高まると考えられています(※7)

*  *  *

以上、遺伝に関する基礎知識と、遺伝子が病気に関わる仕組みについて解説しました。我々人間は、基本的には遺伝情報を元に様々な細胞やカラダが作られますが、環境の影響も多分に受けるということをご理解いただければ幸いです。

遺伝子検査を上手に活用しながら、ご自身の遺伝的リスクを把握しておくことも有益でしょう。リスクを知った上で、病気になりにくい生活習慣を心がけてください。

【参考文献】
※1 Essential cell biology
※2 PLoS Genet 2015; 11: e1005581
※3 Nature 2012; 491: 119-24
※4 Gastroenterology 2013; 144: 1357-64
※5 Environ Mutagen Res 2005; 27: 101-10
※6 Nature2015; doi: 10.1038.
※7 日本生物学的精神医学会誌 2013; 24: 191-9


文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。

 

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