コロナ禍の影響で我慢する生活が長引き、メンタル面の不調を訴える人が増えています。それは、子どもたちも例外ではありません。自律神経の専門医で順天堂大学医学部の小林弘幸教授は、「いちばん危ないのは子どもたちのメンタルだ」と危惧しています。小林先生の著書『本番に強い子になる自律神経の整え方』で、深刻な現状になっている子どもたちに対して、大人は何をするべきなのかを伺いました。
文/小林弘幸 イラスト/大塚砂織
コロナ禍で子どもたちのメンタルは疲弊している
国立成育医療研究センターという機関が、コロナ禍における子どもたちの心の状態を把握するために行っている調査があります。2020年6月から2022年3月にかけて、これまで7回公表されているその調査の結果からは、非常に重要なことが見えてきました(〈 〉内は同調査報告書と「ダイジェスト版」より引用)。
第7回の調査(保護者3282人、子ども487人の計3769人が回答)では、思春期の子どものうつ状態を把握する世界的尺度「PHQ-A」という質問形式の素材を用いて、子どもたちの心の状態を検討しています。
その結果、小学校4年生〜高校生の16%が中等度以上のうつ症状があると回答していることがわかりました。これは約6人に1人の割合です。このほか、軽度のうつ症状があると回答している子が25%いて、双方を合わせると約4割の子が、何らかの心の異変を感じているということになります。
もっと幼い小学校1〜3年生に〈最近1か月にあてはまるもの〉を複数回答で答えてもらった調査では、〈コロナのことを考えるとイヤだ〉が34%にも達しています。〈すぐにイライラしてしまう〉〈さいきん集中できない〉〈いやな夢・悪夢をよくみる〉もそれぞれ20%以上になっています。幼い子どもたちなりに、何らかのかたちでコロナに翻弄されているといっても過言ではないでしょう。どうやら、子どもたちのメンタルはかなり疲弊しているようです。
第6回の調査では、〈学校に行きたくないことはある?〉という質問に対し、〈いつも〉〈たいてい〉〈ときどき〉を合わせ、38%が〈ある〉と答えています。
休校やリモート授業が増え、友だちと疎遠になってしまったことや、「人に感染させたり人から感染させられたりする」流行性疾患に対する過剰な反応が原因になっているものと思われます。「あの子、コロナにかかったんじゃない」などと噂になればいじめられる可能性がありますから、多少、体の具合が悪くてもそれを言うこともできません。そういう状況で、子どもたちはどうしていいのかわからず、大人が想像しているよりもはるかに精神的ダメージを負っているのです。
子どもたちが中等度以上のうつ症状を自覚しているということは、自分のメンタルについて相当な危機感を抱いているはずです。ところが、その声は国や行政ほか関係各所に十分に届いているのでしょうか。
とかく古い価値観がはびこりがちな教育現場では、メンタルの不調を「気の持ちよう」などという言葉で片付けがちです。「しっかりしなさい」「男の子でしょう」などという根拠のない根性論で𠮟咤激励していることがいまだに少なくありません。それによって、本質的な問題解決から大きく遠ざかってしまうのです。
交換神経と副交感神経がバランスを整えることが大切
それでは大人たちは今、なにをするべきなのでしょうか。
まず理解しておきたいのは、緊張すると手が震えていつものようにピアノが弾けなかったり、頭の中が真っ白になって挨拶の言葉を忘れてしまったり、眠れなくて翌日のテストで実力が出せなかったりするのは、「気持ちが弱い」からではありません。自律神経の働きが乱れていることが問題の核心であり、そのメカニズムは大人も子どもも変わりません。ここに論理的にアプローチしていくことが、子どものメンタルを心配する大人たちに求められているのです。
自律神経は、覚醒や興奮を促す「交感神経」と、リラックスを呼ぶ「副交感神経」からなります。自動車にたとえると、交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキのようなものです。心身の健康にとって最も望ましいのは、交感神経と副交感神経の両方が、同じように高く働きつつ、バランスが取れている状態です。
自律神経の働きを表現するときによく使われる「シーソーのようにバランス良く」という表現は、実は正確ではありません。両方とも弱くても、シーソーはバランスが取れるからです。アクセルとブレーキはどちらも高性能であることが大事で、両方弱いとしたら、その自動車はポンコツでしょう。
自律神経の具体的な働きとしては、睡眠中は副交感神経が優位で、心身共に休息状態にあります。それが、徐々に交感神経が活発になり始めると目が覚め、午前中は交感神経が上がり続け、活動的になります。仕事も勉強も、最も集中できる時間帯です。午後になると徐々に副交感神経が上がっていき、夕方には逆転し、交感神経よりも副交感神経が高くなります。それによってリラックスモードに入り、夜になると自然に眠りに導かれます。
というのはあくまで理想の形で、こうしたリズムが形成されていれば、大人も子どももメンタルは強く保たれますしかし、実際にはそうなっていないケースが多いのです。
ところが、自律神経の乱れは目に見えるようなものではありません。また、とくに子どもの場合、メンタルの不調は、頭痛や腹痛のような身体症状と違って、自覚しにくいものです。ゆえに大人に何らかの不調が起きていると訴えることがあまりできません。ですが、子どもの生活リズムが乱れているようなときは、間違いなく自律神経も乱れていると考えていいでしょう。
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『本番に強い子になる自律神経の整え方』(小林弘幸 著)
小学館
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任する。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」としても知られ、腸内環境を整える味噌汁や自律神経を整える呼吸法やストレッチを考案するなど、健康な体と心をつくるためのさまざまな方法を提案している。