コロナ禍の影響で我慢する生活が長引き、メンタル面の不調を訴える人が増えています。それは、子どもたちも例外ではありません。自律神経の専門医で順天堂大学医学部の小林弘幸教授は、「いちばん危ないのは子どもたちのメンタルだ」と危惧しています。小林先生の著書『本番に強い子になる自律神経の整え方』で、深刻な現状になっている子どもたちに対して、大人は何をするべきなのかを伺いました。
文/小林弘幸 イラスト/大塚砂織
「睡眠時間が減り、ゲームや間食が増えた」子どもたちの悲痛な叫びの数々
国立成育医療研究センターの各回の調査結果からは、コロナ禍によって、いかに子どもたちの生活リズムが損なわれてしまったかの実態が見えてきます。その一部を抜粋して紹介します。
テレビ・スマホ・ゲームの時間について、〈去年よりもふえた〉という答えが72%で、半数を超える子どもが1日2時間以上も費やしています(第1回調査より)。
〈就寝時間が1時間以上遅くなったり不規則になった〉という子どもが、3歳〜小学校低学年で15%、高学年以上で32%にのぼります。その結果でしょうか、〈寝起きが悪い〉と答えた子どもは44%という高い数字になっています(第3回調査より)。
食生活に関しては、〈間食の機会・量〉が増えたが27%を占めます(第4回調査より)。おそらく、リモートワークが増え、自宅に引きこもることが増えた大人たちも同様でしょう。
さらに心配なのが、運動の機会の減少です。運動について、1週間で〈全くしなかった〉が10%、〈何回かした〉が47%と、子どもとしては明らかに不足していることがわかります(第6回調査より)。
この状況で、自律神経を正常に保てというほうが無理な話です。
大人も大変なので相談しづらい
さらにこの調査では、コロナ禍についての子どもたちの率直な声をたくさん拾っていますので、引き続き引用して紹介します。
第2回調査〈おとなたちに伝えたいこと〉より
・ 子どもをバイ菌あつかいしないでほしい。(12歳女子)
・ 我慢ばかりでつまらない。(7歳男子)
・ 大人が思っている以上に部活と学校行事は子供にとってとても大事な物です。大人も子供だったはずなので忘れないでほしいです。(16歳女子)
第3回調査〈意見を取り入れてもらうには?〉より
・ お母さんがもっと話を聞いてくれたら良いと思う。(小5男子)
・ 学校の先生の場合、他の生徒に聞かれない所で、安心して話せる部屋で話を聞いてもらう。(中1男子)
第5回調査〈1年をふり返って思うこと〉より
・ なんでもコロナだから……ばっかりで自分の行動や気持ちを制限されている気がした。大人は大人で、いろいろ大変なのかなと思って、相談しづらくなってしまった。みんな常に笑っているときも心の中でイライラしている気がした。(小6女子)
・ 我慢をいっぱいした1年だった。(小5女子)
・ こころの限界が近づいている。(中1男子)
これらを一読しただけで、子どもたちの苦悩がよくわかります。子どもたちは、突然の感染症流行に大事な毎日を奪われ、我慢に我慢を重ねています。同時に、コロナに感染したらどうしようという恐怖も抱えています。そんな苦しみを訴えたいけれど、大人たちも苦しんでいることを知って遠慮もしています。ところが、大人たちは、そうした子どもたちの心に鈍感で、もっと我慢しろとさえ言っているのです。
逃げ場がなければ「コロナうつ」に
こうした環境にあって子どもたちのメンタルは、医師の私の目から見ても非常に危ういものとなっています。先の国立成育医療研究センターの調査では、子どもの自傷行為や自殺願望についても、深刻な結果を報告しています。
この1週間で〈実際に自分の体を傷つけた〉という子どもが、〈ときどき〉〈半分以上〉〈ほとんど毎日〉合わせて
17%にものぼります。さらに、〈体を傷つけたい、死にたいと思った〉という子どもは、24%もいるのです(第4回調査より)。
一方で、ストレス対処法について、子どもは大人ほど選択肢を持っていません。ストレス対処行動を〈全くしていない〉と答えた子どもが25%、〈少し〉しているが24%、〈まあまあ〉しているが29%で、〈かなり〉していると答えた子どもは、わずか18%に留まっています。
同調査では、ストレスを感じたときにどうするかについて、大人と子どもの両方に聞いています。その結果を検討すると、重要なことがわかってきます。大人たちは、別の視点で考えたり、誰かに共感してもらったり、助けを求めるという「逃げ場」とも言うべき方法を用いることができています。
ところが、子どもたちはゲームや好きなことをして気を紛らわせることが圧倒的に多く、周囲にSOSを出すことがなかなかできません。そして、解決策を見いだせないままにストレスを溜め込み、いわゆる「コロナうつ」になってしまう可能性が高いのです。
自分たちも「やられている」という自覚が必要
もちろん、大人たちがそういう子どもたちの状況に敏感になることは大切です。しかし、その前提として、「私たち大人もメンタルをやられているかもしれない」「正しい判断ができなくなっているかもしれない」という認識をまず持つことが肝心です。さもないと、精神的に弱っている子どもに対して、「なんでもっとしっかりできないの!」と自分のイライラをぶつける結果となってしまいます。
同調査では、保護者の状態も公表していますが、中等度以上のうつ症状を自覚している保護者は29%で、高校生の30%とほぼ同じです。保護者の悩みとして子どもや子育てのことが最も多く、次いで、自分の体や健康のこととなっています。3番目には、お金のこと、仕事のこと、自分の心・気持ちのことが並んでいます。つまり、悩んでいる親たちはその原因がわが子にあると感じており、家庭においてある種の「煮詰まり」状態が生じていると言えます。
ここで、大切なことを確認しておきましょう。子どもは悪くありません。親も悪くありません。みんな頑張っているのです。先の見えないコロナ禍では、大人も子どもも誰も彼も、不安な状況の中でたくさんの我慢を強いられてきました。本当に大変な状況が続いています。
まずは自分とわが子に、「お疲れさま」と言ってあげましょう。子どもの自律神経の安定にとって、一番大事なのは親自身が安定していること。それができてこそ、子どもたちがどんなことに苦しみ、どんな助けを求めているかについて、本当に有効な対処が可能となるのです。
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『本番に強い子になる自律神経の整え方』(小林弘幸 著)
小学館
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任する。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」としても知られ、腸内環境を整える味噌汁や自律神経を整える呼吸法やストレッチを考案するなど、健康な体と心をつくるためのさまざまな方法を提案している。