コロナ禍の影響で我慢する生活が長引き、メンタル面の不調を訴える人が増えています。厚生労働省も「コロナうつ」の実態把握や対策に乗り出しましたが、自律神経の専門医で順天堂大学医学部の小林弘幸教授は、「いちばん危ないのは子どもたちのメンタル」と危惧しています。最新刊『本番に強い子になる自律神経の整え方』で、子どもたちの深刻な現状について訴える小林教授に、今、大人は子どもたちのために何をするべきなのか、聞きました。
文/小林弘幸
小学校4年生〜高校生の約4割にうつ症状がある
日本国内だけでも3万人を超える死者を出し、史上初めてオリンピックの開催を1年延期させたコロナ禍も、少しずつ収束に向かい始めています。とはいえ、感染状況は予断を許しません。また、自律神経の専門医である私は、むしろ「コロナ後」に起きるだろう新たな問題のことを憂慮しています。
長いコロナ禍の後にやってくるメンタル面の危機、とくに、子どもたちのメンタルについて憂慮しています。というのも、大人たちが考えている以上に、子どもたちのメンタルは傷つきやすく、その回復には長い時間がかかるからです。
親としても、コロナの収束に安堵するだけでなく、わが子のメンタルについて真剣に考える機会が訪れていると受け止めるべきです。それができるかできないかによって、子どもの将来が大きく変わってくると思います。
国立成育医療研究センターという機関が、コロナ禍における子どもたちの心の状態を把握するために行っている調査があります。2020年6月から2022年3月にかけて、これまで7回公表されているその調査の結果からは、非常に重要なことが見えてきました。
第7回の調査(保護者3282人、子ども487人の計3769人が回答)では、思春期の子どものうつ状態を把握する世界的尺度「PHQ-A」という質問形式の素材を用いて、子どもたちの心の状態を検討しています。
その結果、小学校4年生〜高校生の16%が中等度以上のうつ症状があると回答していることがわかりました。これは約6人に1人の割合です。このほか、軽度のうつ症状があると回答している子が25%いて、双方を合わせると約4割の子が、何らかの心の異変を感じているということになります。
子どもたちが中等度以上のうつ症状を自覚しているということは、自分のメンタルについて相当な危機感を抱いているはずです。ところが、その声は国や行政ほか関係各所に十分に届いているのでしょうか。
とかく古い価値観がはびこりがちな教育現場では、メンタルの不調を「気の持ちよう」などという言葉で片付けがちです。「しっかりしなさい」「男の子でしょう」などという根拠のない根性論で𠮟咤激励していることがいまだに少なくありません。それによって、本質的な問題解決から大きく遠ざかってしまうのです。
呼吸と腸内環境を整える
それでは大人たちは今、なにをするべきなのでしょうか。先の見えないコロナ禍では、大人も子どもも誰も彼も、不安な状況の中でたくさんの我慢を強いられてきました。本当に大変な状況が続いています。
まずは自分とわが子に、「お疲れさま」と言ってあげましょう。子どもの自律神経の安定にとって、一番大事なのは親自身が安定していること。それができてこそ、子どもたちがどんなことに苦しみ、どんな助けを求めているかについて、本当に有効な対処が可能となるのです。
その上で理解しておきたいのは、自律神経の働きが乱れていることが問題の核心であり、そのメカニズムは大人も子どもも変わりません。ここに論理的にアプローチしていくことが、子どものメンタルを心配する大人たちに求められているのです。
子どものメンタルに関しても、親自身のメンタルに関しても、精神論を展開してはいけません。まずは、フィジカルを刺激する方法によって、「体」を整えてあげることが大切です。
そのために有効なことの一つが「呼吸」です。精神的に不安定な状態に陥ると、交感神経が強く働きすぎて呼吸は浅くなります。そして、呼吸が浅くなると交感神経はさらに暴走するという負の連鎖に陥るのです。
拙著『本番に強い子になる自律神経の整え方』では「肺活」と称して具体的な方法を紹介していますが、肺を鍛えることで、普段から深い呼吸ができるようになり、自律神経が整っていきます。
もう一つ、腸内環境を良くする「腸活」も極めて有効です。腸と自律神経は密接に関与し合っており、自律神経が乱れれば腸内環境は悪化し、腸内環境が悪化すれば自律神経が乱れるからです。
もちろん、運動も大事です。外出の機会が減り、大人も子どもも「コロナ太り」が増えてきました。ストレス解消のためにも体を動かしましょう。詳しくは拙著にまとめましたが、ほかにも、コロナ禍でありがちな日常において、改善すべき点がさまざまにあります。
自律神経の乱れは、昨日今日にいきなり起きるわけではありません。小さな積み重ねが、いつの間にか大きな問題となっているわけです。そして、その大きな問題を解決するのも小さな積み重ねです。
拙著にまとめた方法をちょっとずつ親子で試していくことで、必ず自律神経は整っていきます。絶対に焦らず、無理をせず、親子で一緒に、なるべく負担を感じない方法だけを実践して、自律神経を整えていってください。
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『本番に強い子になる自律神経の整え方』(小林弘幸 著)
小学館
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任する。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」としても知られ、腸内環境を整える味噌汁や自律神経を整える呼吸法やストレッチを考案するなど、健康な体と心をつくるためのさまざまな方法を提案している。