文/小林弘幸
「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。
【小林式処方箋】「30分前行動」を日頃から心がける。
ちょっとの焦りでも自律神経は乱れる
自律神経のバランスが、仕事のパフォーマンスや体調に直結すると何度も繰り返しお話ししてきましたが、自律神経というのは本当に繊細で、暑さや寒さといった外的要因でも変化しますし、運動や食事といった内的要因でも変わってきます。中でも、自律神経に最も大きな影響を与えるのは、実は精神状態であることがわかっています。
自律神経のバランスを精神状態で区分すると、交感神経は「緊張」や「興奮」、副交感神経は「余裕」や「安心」ということになります。
例えば、不安や恐怖を感じた時、人は体を動かしていなかったとしても、心拍数が増えたり血圧が上がったりします。それは、不安や恐怖といった精神状態が、交感神経を高まらせているからです。
逆に、ホッとした時に心拍数が低下するのは、副交感神経が高まっているからです。
では、どういう状態の時にベストパフォーマンスが出せるかと言えば、交感神経、副交感神経ともに適度に高い時です。適度な緊張と適度なリラックスが必要だという言い方をしますが、適度な緊張=交感神経が高い、適度なリラックス=副交感神経が高い、ということです。この両者のバランスが噛み合った時、人は実力を発揮できるのです。
しかし、自律神経は繊細です。
例えば、「あ、待ち合わせに遅れそう」とちょっと焦っただけで、交感神経が急激に高まり、自律神経のバランスが乱れます。交感神経が刺激されると、呼吸は浅くなり、血流は乱れ、身体のパフォーマンスはぐっと下がります。
さらに脳の活性も低下してしまうので、思考力も判断力も落ちていってしまう。あなたが焦ったり、緊張しやすかったりするのは、いつもギリギリの行動をするあまり、時間に追われ、自律神経が乱れることが原因かもしれません。
「30分前」が生み出すさまざまな効能
必要以上な緊張感や焦りに追い詰められないようにするため、私が心がけているのは「30分前行動」です。
難しいことではありません。いつもより30分早めに家を出る、30分早めに待ち合わせ場所に向かう、それだけです。
まず、「30分間の余裕がある」という事実が、心に余裕をもたらします。心の平安は、副交感神経を高めてくれます。さらに、電車の遅れなどの予期しないアクシデントにも、冷静に対応できます。
もし何事もなく目的地に着いたなら、30分という時間で、いろいろなことができます。ゆっくりお茶を飲んで、副交感神経を高めるのもいいでしょう。あるいは仕事の資料を見直す時間に充てることもできます。
通勤時にもこの30分前行動は有効です。
例えば、電車の中で言い争いをしている現場に遭遇したとしましょう。言い争いは、自分が当事者でなくとも、聞いているだけで自律神経を乱してしまいます。
どうしたらいいか。電車を降りてしまえばいいのです。30分早く家を出てきているので、1本電車を遅らせたところで、何の影響もありません。
「駆け込み乗車」もそうです。
焦って満員電車に飛び込む。周囲の迷惑そうな視線もそうですが、そもそも焦っての行動ですから、その時点で交感神経が上昇しています。30分早く家を出てきていれば、駆け込み乗車をする必要に迫られません。つまり常に、ゆったりした気持ちで、自律神経のバランスを崩すことなく、通勤できるのです。
「朝活」に失敗する2つの理由
いっとき、ビジネスパーソンの間で「朝活」という言葉が流行りました。仕事や学校に行く前の朝の時間を利用して、趣味や勉強などをすることです。「早起きは三文の得」の実践だと言えるでしょう。
これも「30分前行動」と同じ考え方です。いつもより30分早く起きて、自由時間を確保し、そこで朝活をするのです。「朝、いつもより30分間の余裕を持つ」と言い換えることもできるでしょう。
自律神経の観点からも、朝活は間違っていません。先にも述べましたが、朝は、最も頭が働く時間帯だからです。特に十分な睡眠を経て、自然に目覚めた朝の自律神経のバランスは最高にいい状態です。徐々に、交感神経も上がっていきますので、モチベーションも自然と高まっていきます。
ところが中には、少なからず「朝活がうまくいかない」という人が見受けられます。
これには2つの理由が考えられます。
ひとつには、睡眠時間を無理して削って、時間を捻出している場合。30分早く起きるなら、30分早く寝るのが理想です。極端に睡眠時間を削ってしまうと、それだけで自律神経のバランスが崩れてしまいますので、朝といえどもパフォーマンスは期待できません。
もうひとつは、「目的意識」が希薄なことでしょう。少なくとも前日に「何をするか」を決めておかなければいけません。「さあ30分早く起きた、何をしよう」では、何をするか考えることから始めないといけないので、時間の無駄です。さらにたいていの場合、何をしようかと焦ってしまい、かえって自律神経のバランスを崩してしまうのです。
朝やるべきことが決まっていれば、何も迷うことなく、やるべきことをすぐに始めることができます。この迷いのなさは、安心感に繋がり、それが交感神経の過剰な上昇を防ぎ、自律神経のバランスをいい状態に保つことができるのです。
『不摂生でも病気にならない人の習慣』
小林弘幸 著
小学館
定価 924 円(本体840 円 + 税)
発売中
文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。