「精進料理」の原点は禅寺の修行僧が食していた「一汁一菜」
食欲の秋が到来。脂が乗った魚や旬の食材と共に食べる肉料理で幸“腹”に満たされている御仁も多いことだろう。しかしだからこそ再確認したい感謝の気持ち。そこで注目したいのが「精進料理」である。素材の旨みを活かし、感謝の気持ちを込めて作られた精進料理は、この季節にはぴったりな料理かもしれぬ。
精進料理とは殺生を禁じた仏教の教えに則り「肉や魚を用いず、素材を活かした」創意工夫の料理であり、一般には「豆腐ハンバーグ」や山芋を使った「鰻蒲焼もどき」など肉や魚を使わずに調理した料理でお馴染だ。その調理過程を想像するだけでいかにも手間が掛かりそうな料理ではあるが、その原点は禅寺の修行僧が食していた「一汁一菜」にあり、実のところ精進料理に脈づく考えを理解していれば誰にでも簡単に作れるのだという。
素材として重宝されるのが魚や肉に代わるたんぱく源の豆腐。畑の肉とも呼ばれ豊富なたんぱく源を含む豆腐は、「摺(す)る」「水切り」などの仕事を加えて調理する。これだけで見た目や歯ごたえが変化し、素材の風味を残しつつも見た目が美しい一品に仕上がるのだ。また旬の菜物は湯がいた後に昆布の出汁と醤油で味付けして薄炊きに、牛蒡(ごぼう)や人参などの根菜の煮物には先ほども出てきた豆腐を摺って加える。
こうして完成した精進料理には、多くの感謝が詰め込まれている。皮までも無駄にしない素材に対する感謝。食事を作ってくれる者への感謝――。これについては「食事五観文」を例に紹介していこう。
食事の心得「食事五観文」
「食事五観文」。これは五観の偈とも呼ばれる食事の心得であり「自分を戒め、万物に感謝の気持ちを表す」教えである。その五観文がこちらだ。
1.一つには、功の多少を計り、彼の来処を量る。
2.二つには、己の徳行の全欠をはかって供に応ず。
3.三つには、心を防ぎ、過貪等を離るるを宗とす。
4.四つには、正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。
5.五つには、道業を成ぜんが為に、将にこの食をうくべし。
それぞれを簡単に説明していくと、「(1)食事を作る人の労力を慮り、自然の恩恵を忘れてはならない」「(2)人格の完成を目指し、務めを成し遂げるために食事を摂る」「(3)食べ物に対する不平不満は抱かず、食べ過ぎなどの貪りを起こさぬのも修行である」「(4)食事は自分の健康な心身を保つための良薬である」「(5)正しく生きるために、反省と感謝の気持ちを持って食すべし」といったところか。
このように食事五観文は現代の日本人が忘れかけている食への感謝で溢れている。素材を無駄にせず、感謝の気持ちを持って食事をするのは、命あるものを口にする人の務めであろう。食欲の秋である今だからこそ、精進料理にある「食への感謝」を忘れずにいたい。
文/田中十兄