日本人は、数々の調理法を編みだし、まぐろのあらゆる部位を味わい尽くしてきた。まぐろを極める東西6店の名物料理を紹介する。
※この記事は『サライ』本誌2016年12月号より転載しました。年齢・肩書き等の情報は取材時点のものです。(取材・文/関屋淳子、多田みのり 撮影/高橋昌嗣、藤田修平、小林禎弘)
■1:御料理 山さき(東京・神楽坂)の
【ねぎま鍋】
――トロの甘みを楽しむ江戸が生んだ伝統の味
今でこそ刺身や鮨種として好まれるまぐろのトロ部分。しかし江戸時代末、まぐろが江戸庶民の味覚として親しまれたのはもっぱら赤身で、あっさりとした赤身と醤油の組み合わせが人々の心を掴んでいた。
保存技術も乏しく、脂肪が多く傷みが早いトロは、葱とともに鍋に仕立て、脂を落として賞味。これが江戸料理を代表するひとつ、「ねぎま鍋」である。
東京・大塚にあった老舗江戸料理店『なべ家』で修業を重ね、神楽坂に鍋料理専門店『山さき』を開いた山崎美香さん(51歳)は、ねぎま鍋の魅力を次のように話す。
「まぐろの筋の部分が溶けるまでよく煮るのが美味しさの秘訣です。野菜は葱のほかに、香味がある芹や独活(うど)などが相性抜群です」
店で仕入れるまぐろは冷凍の天然クロマグロ。「背トロ」と呼ばれる背中側のトロと、腹側のトロの2種類で、これを沸いたつゆの中に葱とともに入れる。厚さ1cm以上あるまぐろは、鍋に張られた少し濃いめのつゆの中に静かに沈んでいく。やがて、煮えて浮き上がってくる頃合いを計りながら、山崎さんが取り分けてくれる。
「私たち店の者が鍋奉行となり、一番美味しいタイミングでお取り分けします。ピンク色が残る半生状態が美味しそうだとおっしゃるお客様もいらっしゃいますが、決してそうではないんです。野菜も一度にすべてを入れてしまうのではなく、種類ごとの味わいを楽しんでいただきます」(山崎さん)
つゆの味を纏ったまぐろは、口の中でふんわりと解け、爽やかな脂の甘みがじんわりと広がる。粗く挽いた胡椒を添えれば、味と香りをピリリと引き締める。
江戸の知恵が生んだトロを旨く食す鍋。今では贅沢と思えるほどの味わいを、江戸情緒が残る神楽坂で堪能する。
【御料理 山さき】
東京都新宿区神楽坂4-2 福井ビル2階
電話:03・3267・2310
営業時間:18時~22時(入店は20時まで)
定休日:日曜、祝日 16席。要予約。
アクセス:都営大江戸線牛込神楽坂駅から徒歩約5分。JR・東京メトロほか飯田橋駅より徒歩約8分。
■2:日本橋 寿司金(東京・四谷)の
【大トロあぶり丼】
――まぐろの部位の差を味わい芳醇な余韻に酔いしれる
かつて東京・日本橋にあった名店『日本橋 寿司金(きん)』から、昭和46年に暖簾分けをして、新宿・荒木町に店を構えるこの店。まぐろに精通する鮨屋として、鮨好きにはよく知られるところである。まぐろは築地の仲卸『石司(いしじ)』から仕入れる。取材日は青森・大間の延縄で揚げたクロマグロが届いたばかりであった。
「夏から秋のまぐろはサンマを餌にしていますが、秋から冬にはスルメイカを食べますから、脂の乗りがぐんとよくなります。まぐろが一番美味しい季節ですね」
こう話すのは半世紀以上、まぐろと向き合ってきた主人の秋山弘さん(80歳)。津軽海峡周辺のクロマグロが最上だと太鼓判を押す。その赤身やトロはもちろんだが、店では稀少部位の「すなずり」や「ひれ下」などが味わえる。
すなずりとは、尾に近い腹の運動量が多い部位。細やかな筋が入り、噛みしめるごとに旨みとふくよかな香りが広がる。ひれ下は胸びれの下で、口に入れた瞬間はふわりと柔らかいが、味わいは濃厚な赤身のようにしっとりとしている。まぐろとはこれほど芳醇な魚であったかと、いつまでもその余韻に酔いしれてしまう。
【日本橋 寿司金】
東京都新宿区荒木町9-15
電話:03・3357・5050
営業時間:17時30分~23時(土曜は~21時)
定休日:日曜、祝日 8席。要予約。
アクセス:東京メトロ丸ノ内線四谷三丁目駅から徒歩約7分。都営新宿線曙橋駅1番出口から徒歩約7分
>>次のページへ続きます。