日本酒の楽しみ方が多様化する中で、冷やして飲む冷酒の文化が定着しています。しかし、ただ冷蔵庫で冷やせばよいというものではありません。日本酒の特性を理解し、適切な冷やし方を知ることで、その魅力を最大限に引き出すことができるのです。

文/山内祐治

目次
日本酒と冷酒の基礎知識を押さえよう
「冷や」と「冷酒」の違いを理解する
日本酒を冷酒で飲む時のグラス選びのコツ
熱燗と冷酒、どっちが美味しいかを見極める方法
日本酒の冷蔵庫での正しい保管方法
日本酒を冷凍庫で急速に冷やすのは大丈夫?
日本酒を美味しく冷やすためのコツとグッズ
まとめ

日本酒と冷酒の基礎知識を押さえよう

日本酒の冷酒文化は、実は比較的新しいものです。もともと日本酒は常温で飲まれており、江戸時代にはお燗が一般的でした。冷酒が普及したのは、一般家庭に冷蔵庫が普及し、低温貯蔵・流通技術が発達してからのことです。

特に新潟の淡麗辛口の日本酒が注目を集め、上越新幹線の開通と地酒ブームが重なったことで、東京をはじめとする消費地に冷酒文化が広まりました。現在では、冷蔵技術と流通インフラ(1988年のクール宅急便開始など)の整備により、コールドチェーンが家庭まで繋がることで低温で飲むことを前提とした生酒や生原酒も楽しめるようになっています。特にフルーティーな香りを持つ日本酒は、冷やすことでその魅力が一層引き立ちます。

「冷や」と「冷酒」の違いを理解する

多くの人が混同しがちなのが「冷や」と「冷酒」の違いです。実は、このふたつは全く異なる概念なのです。

「冷や」とは、冷蔵庫がまだない時代に、お燗に対して使われていた江戸期以来の用語で、常温の日本酒を指します。「冷やでもいいから」という表現は、「お酒を温めなくてもよいから」という意味でした。江戸時代には熱燗が主流で、常温で飲む「冷や」は乱暴な飲み方とされており、貝原益軒の養生訓では、冷飲を戒めていました。

一方、「冷酒」は文字通り冷蔵庫や氷水で冷やした日本酒のことです。現代では冷酒が一般的になっていますが、言葉の正確な意味を理解しておくと、日本酒の文化により深く親しむことができるでしょう。

お店で注文する際も、「冷やした日本酒」や「常温で」と具体的に伝える方が、店員さんにも正確に意図が伝わります。

日本酒を冷酒で飲む時のグラス選びのコツ

冷酒を美味しく飲むためには、グラス選びが重要です。適切なグラスを使うことで、日本酒の香りや味わいをより一層楽しむことができます。

すっきりとした辛口タイプの日本酒には、口が開いていない細身のグラスがおすすめです。一口ビールグラスのようなほっそりとした形状のものを使うと、爽やかな印象がより強く感じられます。

一方、最近人気のフルーティーなタイプの日本酒には、少し口の開いたワイングラスのような形状が適しています。香りが広がりやすく、華やかな香りを存分に楽しむことができるでしょう。

日本酒専用のグラスにこだわる必要はありません。ビールグラスでもワイングラスでも、時と場合によって使い分けることで、同じお酒でも異なる味わいを発見できる面白さがあります。

熱燗と冷酒、どっちが美味しいかを見極める方法

日本酒を熱燗で飲むか冷酒で飲むかは、そのお酒の特性によって決めることができます。適切な温度で飲むことで、日本酒本来の魅力を最大限に引き出すことができるのです。

華やかでフルーティーな香りがある日本酒は、冷たくして飲む方が順当で、香りも際立ちます。一方、お米の香りや麹の香り、熟成によるスパイスやドライフルーツのような香りが特徴的なお酒は、常温または熱燗の方が適しています。

よりテクニカルに説明すると、日本酒の重要な4つの酸(クエン酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸)のバランスが判断のひとつの指標となります。リンゴ酸やクエン酸が多い、鋭い酸味があるお酒は冷酒が適しており、乳酸やコハク酸が多い旨味やコクのあるお酒は温めて飲む方が美味しくなります。

実際に試飲してみて、どちらの味わいが強いかを感じ取ったり、販売店のスタッフに相談したりしながら、自分好みの飲み方を見つけていくことが大切です。

日本酒の冷蔵庫での正しい保管方法

冷酒として楽しむ日本酒は、冷蔵庫などでの適切な保管が重要です。保管方法によって、味わいの変化や劣化の進行が大きく左右されます。

まず理解しておきたいのは、日本酒には長期保管に向くものと、早めに飲んだ方がよいものがあることです。大吟醸に代表されるリンゴや洋梨のような華やかな香りを持つお酒は、香りが変化しやすいため、なるべく早く飲むことをおすすめします。

保管場所は、冷蔵庫のドア付近ではなく、温度変化の少ない奥の方が理想的です。開閉による温度変化を避けることで、品質を保つことができます。

一方、バナナ系やメロン系の吟醸香を持つお酒は、10度程度までの低温であれば物質的な変化が少なく、吟醸香も保持しつつの変化となるため、適切な環境で保管すれば時間の経過とともに異なる表情を見せてくれます。何本かストックしておいて、低温熟成の変化を味わう“セラーリング”という楽しみ方もあります。

日本酒を冷凍庫で急速に冷やすのは大丈夫?

日本酒をより冷たく冷やしたい時、冷凍庫の使用を考える方もいるでしょう。理論的には可能ですが、注意点があります。

アルコール飲料は、実験的な研究が続けられており、大枠としてアルコール度数が高ければ、凍る温度(氷点)は下がります。日本酒の場合、エタノール水溶液の凝固点から見る表を使った理論値では、およそマイナス10度くらいまで冷やすことが可能です。しかし、一般的な冷凍庫はマイナス18度程度まで下がるうえに、温度の上下があるため、あまり推奨できません。

理想的なのは、0度前後で保管できる日本酒セラーや、温度調整可能な三温度帯の冷凍ストッカーを使用することです。これらの機器があれば、日本酒の特性に合わせた最適な温度管理が可能になります。

日本酒を美味しく冷やすためのコツとグッズ

日本酒を冷やす際は、すべてのお酒を同じように扱う必要はありません。お酒の特性に合わせて、適切な冷やし方を選ぶことが大切です。

華やかな香りのするお酒でも、適切な環境で冷やし保管すれば、出来たてにはない滑らかさが生まれることがあります。冷やしながら熟成させるという、新しい日本酒の楽しみ方も可能なのです。

ただし、日本酒は温度変化にあまり強くありません。冷やしたり常温に戻したりという温度変化を繰り返すのは避け、一定の温度を保つことが重要です。

氷を入れて楽しむのも一つの方法です。日本酒の多くは加水調整されているため、氷を入れることを推奨する商品を持つ酒蔵もあります。特に夏場には、無濾過生原酒のような度数の高いお酒を氷でロックにして飲むと、飲みやすくなり、氷が溶けるにつれて味わいの変化も楽しめます。

日本酒ロック

まとめ

日本酒の冷やし方や温度は、我々飲み手に委ねられている部分です。「こうあるべき」という固定観念にとらわれず、自分なりの楽しみ方を見つけることが、日本酒文化の豊かさにつながります。

一般的に「向かない」とされる飲み方でも、試してみると自分の好みに合うかもしれません。大切なのは、日本酒の基本的な特性を理解した上で、様々な飲み方を試してみることです。

冷酒の世界は奥深く、グラス選びから保管方法まで、ちょっとした工夫で味わいが大きく変わります。この記事を参考に、ぜひ自分だけの日本酒の楽しみ方を見つけてください。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。

構成/土田貴史

 

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