文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
フィレンツェから車で約2時間。絵葉書のように美しいトスカーナの自然の中をドライブして、南へ南へと向かう。目的地は、アーサー王の剣エクスカリバーのモデルになったのではないかと言われる、謎多き聖剣が眠る教会である。
アーサー王物語とは、5世紀末に活躍した伝説のブリテン王アーサーと、円卓の騎士たちの活躍を描いた有名な騎士道物語だ。12世紀頃に登場してから様々な作者によって幾つものバーションが作られ、世界中の人々を魅了し続けてきた。
中でも、彼が石に突き刺さった剣を引き抜いて王となるシーンは印象深い。屈強な騎士たちがどう試しても抜くことができなかった剣を、若干15歳の少年アーサーがいともたやすく引き抜いて見せるのだ。この奇跡こそが、彼が神から任命された正統なる王である証であり、引き抜かれた剣は松明30本に匹敵するほどの輝きを放ったという。
アーサー王のモデルについては諸説あるものの、物語の大筋はファンタジーであると言われている。しかし、長い年月をかけて多くの人の手を介してきた物語によくあるように、当時の出来事や作者が耳にした噂などが物語に反映されていった可能性は多いにある。そんな役割を果たしたのではないか…とまことしやかに囁かれている剣が、イタリアの片田舎の教会に保管されているというのである。
オフシーズンの平日ともなれば訪れる人もあまりいない、小さくて素朴な教会。そんな場所にひっそりと眠る剣が、なぜ華やかなるアーサー王の聖剣エクスカリバーだと言われるのだろうか。
目的地サンガルガーノへと到着してまず目に入ってくるのは、廃墟となった修道院である。屋根が完全に崩れ落ち、地面からは草木が好き放題に伸びている。最近になってSNSなどでも取り上げられるようになったが、なるほど人気が出るのも頷ける。戒律の厳しい宗派だったため華美な装飾は見られないが、朽ちてなお美しい姿がかつての繁栄をうかがわせる。廃墟好きには、たまらない建物と言えるだろう。
夏のシーズン中は内部でオペラなどのイベントも行われるらしい。荘厳な廃墟の中で日暮れ後に聴くオペラは、どれほど神々しいだろうと想像するだけで鳥肌が立つ。
さて、修道院跡を見学した後は、徒歩で小高い丘の上へと坂道を登っていく。息を切らしてたどり着いた先にある丸い建物が、目的地であるエレモ・ディ・モンテシエーピ「L’Eremo di Montesiepi」である。
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