文・写真/上野真弓(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
古代ローマ世界では、古代ギリシャの神々をローマ風にアレンジした多神教が流布していたが、他の多様な宗教も信仰されていた。その中の1つに、紀元1世紀から4世紀の帝政期に流行したミトラ教がある。これは、古代インド・イランの太陽神ミスラ信仰、アケメネス朝ペルシャのゾロアスター教の流れを汲むもので、地中海世界に入って形を変えたものである。
ミトラはこの世に救いをもたらすため岩から生まれ、牡牛を屠(ほふ)り、牡牛の血は大地に生命をもたらすとされた。誕生は冬至に近い12月25日である。ミトラ神の彫像は、マントをひるがえしたミトラが右足で牡牛の後右脚を押さえつけ、左手で牡牛の鼻面をつかみ、右手でナイフを牡牛の喉元に突き刺す姿が表わされている。そしてそこには必ず、牡牛から流れる血に吸いつく善の象徴・犬と悪の象徴・蛇があり、牡牛の睾丸に毒を刺すサソリがいる。
レリーフではより詳しく描写されている。左端にミトラが牡牛を担いで運ぶ姿が小さく描かれ、その隣にはたいまつを上に向けて持つカウテス(日の出の象徴で冬至から夏至までの期間を表わす)、中央には牡牛を屠(ほふ)るミトラ、お決まりの犬と蛇とサソリ、右端にはたいまつを下に向けて持つカウトパテス(日没の象徴で夏至から冬至までの期間を表わす)、上部右には月の女神セレーネ、左に太陽神ヘリウスがいる。太陽神の右隣にいるカラスが太陽神の命令をミトラに伝えたとされる。
ミトラ神殿のフレスコ画は大変貴重なものだ。そこではもっと細かなミトラ神物語が描かれ、黄道12宮もはっきり見ることができる。
ミトラ教は、宇宙や占星術、ギリシャ神話を取り入れた秘儀的な宗教だったのだ。
のちのキリスト教の台頭でミトラ神殿は破壊されたが、幸いにも、こうして残っている遺跡から多少なりともミトラ教について知ることができる。しかし、正式な文献が残っていないため、ミトラ教の宗教的儀式については詳細が分からず謎に満ちたままだ。
ミトラ教は、その宗教観が忠誠、服従、信頼、敵への勝利を強調したものであったことから、兵士たちを中心に庶民の間で信仰されたが、女性は入信不可だった。しかし、女性には女性しか入信できないエジプト由来のイシス信仰があった。力の宗教と母性の宗教というところだろうか。ちなみにイシスも処女懐妊している。
ミトラ教ではイニシエーション(入信)の過程で牡牛の血を浴び、段階的に恐怖感を克服する7つの修行をしなければならなかったという。しかしながら、残っている神殿は非常に小さく、牡牛が入るスペースなどない。けれども、ただ1つ、牡牛が入るくらい巨大なミトラ神殿が残っている。あまり知られていないが、あの有名なカラカラ浴場の地下にある。
紀元216年に完成したカラカラ浴場は、古代ローマ市民の憩いの場だった。単なる浴場ではなく、広大な庭園と図書館のある敷地の中でマッサージやスポーツジムも完備した一大娯楽施設としての役割を果たしていたのだ。軍人皇帝として知られるカラカラ帝は、さらにその地下に、信者の多かった兵士たちのためのミトラ神殿も造っていた。
完全予約制(カラカラ浴場の遺跡とは別になっている)のため、予約時間になると係のおじさんが鉄格子を開けてくれる。
入るとすぐにロタトリアがある。これは地下通路のいわゆるロータリーだ。作業場への入り口ともいえる。地下では、浴場に供給する湯を沸かしたり、パンを焼いたり、様々な作業が行われていたから、ここから先はいくつもの道が続いている。当然ながら荷馬車が通れないと何も運べないため、道幅は6メートルもある。驚くべきスケールだ。
ミトラ神殿の建築の特徴は、天井が円筒形で洞窟の形をしていることだ。前室が2つあり、中心となる細長い部屋に祭壇があり、両脇にベンチのような石の信者席がある。これは横臥食堂とも呼ばれ、ここで信者たちが横になりながらパンとワインで聖餐の儀式をしたといわれている。
ミトラ神の誕生日の12月25日、パンとワインの儀式、そしてイシス信仰の処女懐妊、これらの特徴はキリスト教と共通するものだ。キリストが12月25日に生まれた記録は史実として残っていないため、後年キリスト教が布教のために真似をしたとも考えられる。
ところで、「カラカラ浴場のミトラ神殿はただ広いだけでたいしたことない」という人もいる。だが、この壮大さは感動に値する。確かに他の神殿のように、ミトラ神の彫刻やレリーフやフレスコ画が残っているわけではない。しかし、この広さは尋常ではない。洞窟風の小さな神殿で20〜30人程度集まってひっそりと信仰していたのがミトラ教なのだ。
どうしてこのような巨大な神殿を造ったのだろうか?大勢のローマ市民が浴場に集まり、また、ここで働く人も多かったことから、信者のための大規模な神殿が必要だったのだろうか?それとも、カラカラ帝はアレクサンダー大王に憧れていたというから、とにかく壮大なものを造りたかっただけだろうか?
「血の溝」とはすごいネーミングだが、これがイニシエーションで牡牛の血を浴びた場所だと考えられている。他の神殿では見られないものである。この溝の中に信者が入り、その上で犠牲の牡牛を殺し、その血を浴びるという儀式。想像しただけで生臭い匂いまで漂ってくるような不気味さを感じるが、このような儀式が本当に行なわれていたのかどうかは定かではない。他の神殿には存在しないものだし、また、後年キリスト教がミトラ教を貶めるために流布させた噂話かもしれない。しかし、それなら、この溝は何のために使われたのかという疑問が残る。
カラカラ浴場地下にある最大のミトラ神殿。おどろおどろしい印象を受けるだろうか?そんなことはない。恐ろしい雰囲気というよりは神秘性を感じる。闇の中で古代人の息吹を感じながら摩訶不思議な世界をちょっと冒険するような気分だ。いにしえのローマ帝国を席巻したミトラ教。その謎が完全に解き明かされる日は来るのだろうか?
カラカラ浴場のミトラ神殿
Via delle Terme di Caracalla 52
電話による完全予約制(+39)0639967022
http://www.060608.it/it/cultura-e-svago/beni-culturali/beni-archeologici/sotterranei-e-mitreo-delle-terme-di-caracalla.html
文・写真/上野真弓 イタリア在住ライター、翻訳家、美術史家。1984年12月よりローマに暮らす。訳書に「レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密」、「カラヴァッジョの秘密」「ラファエッロの秘密」(いずれも河出書房新社)がある。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。