文・写真/上野真弓(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

古代ローマでは、紀元前30年のエジプト征服以来、ちょっとしたエジプトブームが起こる。初代皇帝アウグストゥスはエジプトの神殿からオベリスクを船で運んでローマの広場を飾り、富裕層は個人の墓としてピラミッドを建設するようになった。

ガイウス・ケスティウスのピラミッドとアウレリアヌス帝の城壁(上野真弓撮影)

ローマには1500年代まで4つのピラミッドが残っていたが、そのうち3つ(ポポロ広場の双子の教会のある場所に2つ、ヴァチカン、サン・ピエトロ大聖堂そばのボルゴ地区に1つ)は破壊された。現在唯一残るのがサン・パウロ門のそばにあるガイウス・ケスティウスのピラミッドである。このピラミッドが残っている理由は、3世紀にローマを外敵から守るため築かれたアウレリアヌス帝の城壁の一部に組み込まれたからだ。城壁を早く完成させるために、ピラミッドに限らず、そこに存在していた古代遺物をそのまま利用したのである。

それにしても、もし4つのピラミッドがすべて残っていたなら、ローマの風景はずっと面白いものになっていたことだろう。

白く輝くガイウス・ケスティウスのピラミッド(上野真弓撮影)

古代ローマの執政官ガイウス・ケスティウスのピラミッドは紀元前12年に完成したが、建設されたのは在命中ではなく死後である。彼は、自分の死後330日以内にピラミッドの墓を建てなければ財産を残さないと遺言し、遺産相続人が確実にピラミッドの墓を建設するように仕向けたという。こうして、欲深な人間の心理を踏まえた上で考え抜いた作戦は見事に成功した。

ピラミッドの一片は30メートル、高さは36.40メートル、ピラミッドを支える土台は地下9メートルにも及ぶ。むろん、エジプトのピラミッドの規模とは比較にならないが、それでも十分興味深い。そして、何よりも美しい。エジプトのピラミッドよりも急勾配で、外観は白い大理石に覆われている。

今でこそ真っ白に輝くピラミッドだが、実は2010年頃までは排気ガスで黒く汚れていた。4年の歳月をかけ修復工事が終わったのが2014年で、200万ユーロ(当時のレートで約2億5600万円)の修復費用を寄付したのはイタリアと繋がりの深い日本人実業家の八木雄三氏だ。ローマでピラミッドの惨状を見て修復費用を全額負担することをイタリア文化庁に申し出たそうだ。

ピラミッド内部の墓室へと続く通路(上野真弓撮影)

エジプトのピラミッドに比べると規模が小さく外観も異なるが、建設方法はまったく同じだそうだ。
墓室へと続く通路は天井が低いため、頭をかがめて歩かなければならない。

ピラミッド内の墓室(上野真弓撮影)

墓室の広さは5.94メートル×4.10メートルで、高さは4.80メートルほど、ピラミッド全体の容積の1%を少し超える程度である。大きくはないが、25人くらいなら余裕で入れる感じだ。白く塗られた内部は比較的状態がいい。しかし、墓泥棒が掘った穴やフレスコ画をはがした跡があり、それが残念でならない。

墓室にある墓泥棒が掘った穴(上野真弓撮影)

墓泥棒がピラミッドに侵入するために掘った穴は、相当な労力がかかったと思われる。何しろ、硬くて分厚い石でできている上に、大理石で覆われていたのだから。

墓泥棒が掘った穴の内側(上野真弓撮影)

墓泥棒の掘った穴を覗いてみると、上方に向けてきれいな階段状になっており、相当な長さがあることに気づく。ピラミッドのかなり高い位置から掘り始めたのではないかと思われる。果たして、こんな苦労をして穴を掘って、何を見つけたのだろうか?

残念ながら財宝は何もなかったらしい。

紀元前12世紀に、まさに墓泥棒防止策として、墓の中に贅沢で高価な品物を遺体とともに埋葬するのを禁じる法律ができていたからだ。それでも、一攫千金を夢見る人がいたのだろう。

しかし、葬られているはずのガイウス・ケスティウスのお棺もなかったというから、謎は謎のまま残る。

ピラミッド内の墓室の天井に描かれた「勝利の女神ニケ」(上野真弓撮影)

ピラミッド内には、ここに葬られたガイウス・ケスティウスの肖像もあったというが、それも無残にはがされている。古代美術マニアに売りつけるため、あるいは自分の家に飾るためだったのだろう。他のフレスコ画も一部はがされたものが多いが、不思議なことに天井に描かれた勝利の女神ニケのフレスコ画は4つともきれいに残っている。

ポンペイ様式で描かれた勝利の女神ニケは美しい。ひと口にポンペイ様式と言っても4つの種類があるが、ここでは時代的に第2様式にあたり、対象物に陰影をつけることで立体的に見せている。

非カトリック墓地、オールド・セメトリーから臨むピラミッド(上野真弓撮影)。

ピラミッドが最も美しく幻想的に見えるのは、隣接する外人墓地(正式名称は非カトリック墓地)のオールドセメトリーからの眺めだろう。かつてのローマでは非カトリック教徒を普通の墓地に埋葬できなかったため、プロテスタントを信仰する外国人のための墓地が作られた。英国の詩人キーツやシェリーもここに眠っている。現在この墓地は他宗教の信者や無宗教者も利用できる。例えば、伝説的なイタリア共産党の創設者の1人、グラムシの墓もある。異教徒の専用墓地がピラミッドのそばだというのも、異教という共通項を考えると、偶然ではなく必然だったのかもしれない。この墓地は、今では、散策したりベンチに座って読書をしたりと、ローマ市民の憩いの場となっている。

スペイン階段そばのキーツ・シェリー記念館、キーツの部屋(上野真弓撮影)。

19世紀初頭、ローマで暮らしていた英国ロマン主義の詩人キーツは結核を患い25歳の若さで亡くなった。死の前に、親友の画家セヴァーンがピラミッドの見える墓地を見つけてくれ、キーツはここに眠れることを心から喜んでいたという。彼が暮らしたスペイン階段そばの建物は、現在キーツ・シェリー記念館となって一般公開されている。彼の亡くなった部屋にはデスマスクが飾られている。

オールドセメトリーのキーツとセヴァーンの墓(上野真弓撮影)

オールドセメトリーの一角にあるキーツの墓からは木立のうしろにピラミッドが見える。

2つ墓碑が並んでいるが、1つは親友の画家セヴァーンのものだ。左に竪琴の浮き彫りを施したキーツの墓があり、右に画家らしくパレットの浮き彫りのあるセヴァーンの墓がある。キーツは、墓碑には名前も日付もいらない、「Here lies one whose was writ in water」とだけ刻むように、遺言を残した。セヴァーンは85歳まで生きたが、永遠の友情で結ばれた2人は隣同士で眠っている。

英国詩人シェリーの墓(上野真弓撮影)。

同じ英国ロマン主義の詩人シェリーの墓もあるが、オールドセメトリーではなく、一般墓地の最上部に位置している。キーツの死の翌年、シェリーは、帆船に乗ってトスカーナを移動中、嵐に遭って船が沈没し、悲惨な最期を遂げた。身元確認も困難なほど遺体が傷んでいたという。ポケットにはキーツの詩集が入ってそうだ。墓石には、シェリーのお気に入りだったシェイクスピアの「テンペスト」の詩句が刻まれている。「Nothing of him that doth fade/ But doth suffer a sea-change / Into something rich and strange」

非カトリック墓地で最も美しい墓「嘆きの天使」(上野真弓撮影)

最後に、この墓地で最も美しい墓をご紹介しよう。1894年、米国の彫刻家ウィリアム・ウェトモア・ストーリーが亡き妻のために彫った「嘆きの天使」で飾られた墓である。完成後に彼自身も亡くなり、先立った妻エメリンと夭折した息子ジョセフとともに、ここに眠っている。死を悲しみ嘆く思いが美しく表現されており、訪れる者たちを魅了する。

どんな人間も死を避けることはできない。ガイウス・ケスティウス、キーツやシェリー、そしてストーリー一家は、こんな風に永遠を刻むことができて幸せなのかもしれない。

ガイウス・ケスティウスのピラミッド(Piramide di Caio Cestio)
Via Raffaele Persichetti, 00153 Roma
https://www.coopculture.it/heritage.cfm?id=59#

キーツ・シェリー記念館(Keats-Shelley House)
Piazza di Spagna 26, 00187 Roma
https://ksh.roma.it

非カトリック墓地(Cimitero acattolico roma)
Via Caio Cestio 6, 00153 Roma
http://www.cemeteryrome.it

文・写真/上野真弓 イタリア在住ライター、翻訳家、美術史家。1984年12月よりローマに暮らす。訳書に「レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密」、「カラヴァッジョの秘密」「ラファエッロの秘密」(いずれも河出書房新社)がある。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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