文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

古き良き物がふんだんに残る古都フィレンツェ。そんな情緒ある街から一年に一度、1月6日にだけ運行する蒸気機関車がある。

地元の文化振興機関(http://www.prolocosanpieroasieve.it)が主催する、フィレンツェ発、San Piero a Sieve「サン・ピエロ・ア・シエーヴェ」行。通称「魔女ベファーナの汽車」と呼ばれ、公現祭の祝日に毎年執り行われている、特別日帰りツアーの蒸気機関車だ。今回はこのツアーの様子をレポートする。

文化振興機関が発行するカレンダー

公現祭とは、東方三博士が幼子キリストの元へとたどり着いた日を祝う祝日だが、イタリアにはもう一つこの日にまつわる伝説がある。それはベファーナという名の魔女が、良い子にはお菓子を、悪い子には炭を靴下に入れるというものだ。イタリアの子どもたちはお菓子が入った靴下を貰えることを楽しみにしていて、この日は各地で魔女にちなんだイベントが開かれる。ベファーナの汽車もそうしたイベントの一つだ。

朝9時。駅構内の指定された場所へ向かうと、ノスタルジックな時代衣装を着たスタッフたちが乗客の訪れを待っていた。主な乗客は子供連れの家族と、あっと驚くほど作り込まれた衣装を身にまとってコスプレしているイタリア・スチームパンク協会の面々である。

スチームパンク協会の集合写真

スチームパンクとは日本で言う明治〜大正頃の文明開化の世界観を元に、SFやファンタジーを取り入れたジャンルの一つ。主にイギリスのヴィクトリア朝時代の文化に、当時空想されていた未来科学技術を取り入れた芸術スタイルのことである。SFの父と呼ばれたH・G・ウェルズや、「海底2万マイル」で有名なジューヌ・ヴェルヌなどの世界観がその代表例と言える。

コスプレと言えば日本ではアニメの登場人物に扮する若者文化と捉えられているが、イタリア・スチームパンク協会の人々の多くは45〜70代と年齢層が高めだ。余裕のある大人だからこそできる作り込み、年齢を重ねたからこそ出せる重厚さ。イタリアではスチームパンクなどの時代衣装を着ることは、粋な大人の趣味として人気なのである。

映画俳優のような貫禄を漂わせる紳士も多い

彼らはこのベファーナの汽車に乗るために、毎年自慢の自作衣装を着てイタリア全土から集まってくる。遠方に住む友人と久々の再開を果たしたのだろう、楽しげにお喋りをしながら互いの衣装を褒め合ったり撮影をしたりする様子は、大人の遠足という言葉がぴったりだ。中には夫婦で参加している人も多く、頼めば快く撮影に応じてくれる。

彼らのおかげで蒸気機関車の旅がより華やかに、まるで映画の中に飛び込んだかのようなフォトジェニックなものへと変化していく。

機関士たちもみな当時の衣装を見に付けていて、まるでタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれる。

汽車は曇り空にモクモクと煙を吹き上げ、フィレンツェ中央駅を出発してトスカーナの豊かな自然の中をゆっくりと走った。車両はSLが日常的に走っていた時代のものを整備・復元しており、車内には優しい木の座席が並んでいる。

車両と車内の様子

車内では魔女ベファーナが子どもたちにお菓子を配ったり、シルクハットを被った町長が陽気に乗客たちと言葉を交わして回ったり。

乗り合わせた人々とのお喋りに興じるうちにあっという間に時間は過ぎて、汽車は昼頃に目的地へと到着した。

青空をバックに機関車の撮影会が始まる

小さな田舎町サン・ピエロ・ア・シエーヴェでは、各々自由にランチ休憩を取ることになっている。天候にも恵まれ、ここぞとばかりに青空を背景にした蒸気機関車の撮影会が始まった。

雪景色の中の蒸気機関車も趣がある

私は数年前にも同じツアーに参加したが、その日は運良く雪景色の中の汽車を撮ることができた。つま先が凍りそうな寒さの中、震えながら旅をしたのも今となっては良い思い出だ。

骨董市では思いがけない掘り出し物に出会うことも

町のメインストリートでは、青空骨董市が開かれていた。家具、食器、ヴィンテージの服、アクセサリーや雑貨など、様々な骨董品が一見無造作に並べられている。どれもお手頃価格で掘り出し物を探すのにもってこいだ。

中央広場では貴族の衣装を着た女性たちや、本日の主役とも言える魔女たちが、無料の飲み物やパンドーロというこの時期特有の伝統菓子を振る舞っていた。私たちは屋台で簡単なランチを済ませ、町をブラブラと散策してから駅へと向かった。

フィレンツェ中央駅にて、最新の列車と蒸気機関車が並んだ様子

午後2時頃。すべての乗客が乗り込んだことを確認して、汽車はまたフィレンツェへと向けて走り出した。フィレンツェに到着したのは、予定時刻を少し遅れて午後4時少し前。短い冬の陽は既に傾きはじめ、夕暮れの雰囲気が駅構内に漂う。

「また来年ね」と汽車の中で知りあった人々に別れを告げ、楽しい大人の遠足は幕を閉じた。

文・写真/佐藤モカ(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
2009年よりイタリア在住。イタリア在住ライターとして多数の媒体に執筆する他、マーケティングリサーチャー、トラベルコンサルタント、料理研究家など幅広く活動。自身のYouTubeチャンネルで素顔のイタリアを届ける海外動画の配信も行っている。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/

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