昨年夏『サライ.jp』に連載され好評を博した《実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅》。九州・枕崎駅から北海道・稚内駅まで、普通列車を乗り継いで行く日本縦断の大旅行を完遂した59歳の鉄道写真家・川井聡さんが、また新たな鉄道旅に出た。今回の舞台は北海道。広大な北の大地を走るJR北海道の在来線全線を、普通列車を乗り継ぎ、10日間かけて完全乗車するのだ。

※本記事は2018年5月に取材されたものです。北海道胆振東部地震により被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。少しでも早い復旧と皆様のご無事をお祈りしております。

文・写真/川井聡

>> 前回【10日目・その1】から続く

JR北海道全線踏破10日間の旅
代行バスに乗って、いよいよ最後の区間に入る。

その乗車は、駅長に見送ってもらいながら、予想外のサプライズだった。ありがとうございます。

じつは日高線の静内駅以南は、高波の被害を全く受けていない。被災後に一度、静内~様似の運行は復活したのだが、運行できたのは約一か月。「盲腸線」の悲しさで、車両を工場に送っての定期検査ができないのだ。取り残されていたディーゼルカーは、大きなトレーラーに乗せられ苫小牧方面にはこばれていった。

JR北海道全線踏破10日間の旅
代行バスから見える牧場の光景は、かつてと何も変わっていないように見えた。

建設がすすめられたころの日高本線は、将来的に日高山脈を越えて、東側の広尾線と結ぶ予定であった。しかし、日高の海岸線はあまりに過酷な環境だったため東側は広尾線の完成、西側は様似まで完成したところで建設工事は終了。昭和初期に双方をつなぐ国道が完成していたが、あまりの建設費の高さに「黄金道路」と呼ばれていた。国鉄ではこの区間に国鉄バスを運行。苫小牧からえりも経由で、帯広に抜けるルートを形成していた。

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春立駅。駅周辺はもちろん牧場が多い。だから駅待合室にあるベンチは馬蹄形。

JR北海道全線踏破10日間の旅
浦河駅停車。駅舎があるのは国道の向こう。町があるのは線路の手前。なので代行バスは駅舎側ではなく町側に停車する。ちなみにこの駅は曜日と時間限定でみどりの窓口を営業している。管理しているのは静内駅だ。

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東町駅付近の車窓。レールの両側に広がっているのは昆布干し場の白い石。初夏から秋まで、海岸を埋めるほどの昆布が干される。くだんの高波ではかなりのゴミが打ち上げられたり、石が流されたりしたが、漁業者たちが干し場や線路の間のゴミを全て片付けて再生した。

JR北海道全線踏破10日間の旅
代行バスは基本的に元の駅舎に付けるのだが、地形や周辺の状況の関係で元の駅舎まで行かない駅もある。乗り場を解説したポスターがバスの車内に掲示されていた。

JR北海道全線踏破10日間の旅
前方に特徴ある三角の岩が見えてきた。まもなく終点の様似到着である。JR北海道鈍行完全走破まであと数分。

JR北海道全線踏破10日間の旅
定刻15時22分。様似駅到着

駅の彼方に、街のランドマークであるアポイ岳がくっきりと姿を見せていた。アポイ岳は街のシンボルでもあり、町のいたるところにアポイ岳にちなんだモニュメントや案内が置かれている。

JR北海道全線踏破10日間の旅
もう一つ、別のシンボルが目に入った。

バスのサイドに描かれた「つばめ」。この旅の「最終列車」はつばめが描かれた車両だった。

いまはJRバスのシンボルだが、特急つばめ、から、国鉄スワローズに連なる、国鉄を象徴するシンボルマークである。これまでも普通に目にしていたのに、なんだか今日は感慨深くなってしまう。

JR北海道全線踏破10日間の旅
ホーム周辺を歩いてみる。もう再び列車が来ないだろうレールが、錆びを浮かせている。この駅も雑草が生えていないのは、メンテナンスの成果だろうか。これほど美しく保たれているレールに、列車が来ないのは残念でならない。

この先の線路が広尾まで完成し、帯広までつながっていたら。詮無いことと知りながらふとそう考えてしまう。

JR北海道全線踏破10日間の旅
今もメンテナンスなどでは使われているのだろうか。乗務員用の滞泊施設が駅のはずれに建っていた。

様似駅は委託の駅員さんがいる有人駅。といっても、実質的にはバスターミナルみたいなことになっている。

JR北海道全線踏破10日間の旅
出札口ではバスの切符を売っている。えりも方面や代行バスのきっぷも売っている。定期券は今でも手書きのようで、券面に押すらしい駅名スタンプがきれいに並べられていた。

JR北海道全線踏破10日間の旅
静内に戻る代行バスは、駅舎の前に着き、えりも方面に向かうバスは駅前のバス乗り場から出発する。ここでも「鉄道代行バス」と「バス」はしっかり区分されていた。

JR北海道全線踏破10日間の旅
鉄道は無事完乗できたが、なんとなく収まらない。

このままつばめが描かれた「国鉄バス」に乗ってえりもへ向かうことにする。完成しなかった帯広までのルートを辿ってみよう。

JR北海道全線踏破10日間の旅
庶野行きのJRバス。

JR北海道全線踏破10日間の旅
えりも岬までの海岸線は岩場が続く。

JR北海道全線踏破10日間の旅
黄金道路と呼ばれたのは、広尾側の道路だが、トンネルの多さや海岸線を走る車窓に、工事の過酷さがしのばれる。

JR北海道全線踏破10日間の旅
えりも町到着。バスはここからさらに南のえりも岬を経由し東側の庶野に向かう。

JR北海道全線踏破10日間の旅
バスの窓から、西洋風のお城が見えた。四角い灯台なんて珍しい。あとで尋ねたら、えりも町内に保存された、旧・幌泉灯台。昭和2年に建築されたものだそう。

日没直前にえりも岬に到着。

予約したみさき荘に入り、荷物を置いてくつろいでいると、宿のご主人が「夕陽を見に行こう」と車を出してくれた。まるで車が飛ばされてしまいそうな強風の中、岬をめざす。東側の海岸線は、沖合ほど蒼が深くなっていた。

JR北海道全線踏破10日間の旅
もしこのエリアに鉄道が敷設されていたとしても、もう少し手前で東へと向かっただろうから、襟裳岬まで列車が来ることはなかったのかもしれない。だけど、列車からこの海岸線を見られたら、たまらん景色だったろうな。

JR北海道全線踏破10日間の旅
西側の海岸では、ちょうど夕陽が沈むところ。

えりも岬は吉田拓郎の唄が浮かぶかなと思ったが、違っていた。

島倉千代子の「襟裳岬」が、歌いだしだけエンドレスで頭の中をひゅるひゅると駆け巡る。とにかく寒い。

宿に戻ると、むきたてのウニが、カスベやツブを従えて登場した。
JR北海道全線踏破10日間の旅

10日間の北海道。いろいろな人たちに逢った。いろんな路線に乗った。

鉄道が残っている路線、輸送の主力を担っている路線、代行バスで運行されている路線、観光開発すればまだまだにぎわいそうな路線、最近廃止となった路線などなど。一部区間を除き、普通列車の乗客は少ない。

日高本線に限らず、鉄道は従来の使われ方だけでは「賞味期限切れ」なのかもしれない。
その一方、ノスタルジーや実用性ではない。存在感や安心感のシンボルやランドマークとしての鉄道も見えた。鉄道と東京タワーは少し似ているのかもしれない。

北海道のようなところで、その重要さを一鉄道会社に背負わせるのは無理があるということ。北海道があるからこそ日本の豊かさがあるのだということ。鉄道の経営は負担ではあるが、鉄道が北海道のなにかをささえているのではないかとおもえた。

感傷にすぎないのかもしれないが、僕は東京タワーのない東京は考えたくないな。

カスベのヒレをコリコリしながらそんなことを考えた。

【10日目・その2乗車区間】

静内~様似(えりも岬)日高本線

【10日目乗車区間】

苫小牧~様似(えりも岬)

(日高本線

10日目の総乗車距離 146.5km、9日目の新規乗車146.5km、未乗車距離 0km

JR北海道の全路線10日目文・写真/川井聡
昭和34年、大阪府生まれ。鉄道カメラマン。鉄道はただ「撮る」ものではなく「乗って撮る」ものであると、人との出会いや旅をテーマにした作品を発表している。著書に『汽車旅』シリーズ(昭文社など)ほか多数。

 

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