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6日目《北見から美深へ・その1》【実録・JR北海道全線踏破10日間の旅】

昨年夏『サライ.jp』に連載され好評を博した《実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅》。九州・枕崎駅から北海道・稚内駅まで、普通列車を乗り継いで行く日本縦断の大旅行を完遂した59歳の鉄道写真家・川井聡さんが、また新たな鉄道旅に出た。今回の舞台は北海道。広大な北の大地を走るJR北海道の在来線全線を、普通列車を乗り継ぎ、10日間かけて完全乗車するのだ。

文・写真/川井聡

>> 前回【5日目】から続く

【6日目のルート】

北見駅から旭川駅までは、快速「きたみ」。

今日の一番列車は、北見駅朝10時28分発の特別快速「きたみ」だ。

早朝から「オホーツク」「大雪」特急が二本札幌・旭川方面に向けて出発したのだが、旭川駅まで行く普通列車はこれが始発である。

青春18きっぷを使って一日で石北本線を走破するには、上りは2通り、下りは1通りの組み合わせしかない。秘境駅という言葉に倣っていうなら、石北本線は青春18きっぷにとっての秘境路線なのである。

しかし「きたみ」はそれなりに便利な列車である。特急が約3時間かけて走る道のりを、3時間半ほどで駆け抜けてしまう。もちろん特急料金はいらない。

強い雨の中、北見駅に向かう。ホームでは銀色の車体を光らせたキハ54が静かに待っていた。

キハ54は国鉄分割民営化直前に、国鉄がJRへの置き土産として製造した車両である。古い車両の部品を極力再利用し、メンテナンスが楽なようにステンレス車体を使うという泣かせる工夫が各所に施されている。外観はお洒落なシルバーメタリックだが、あちこちに国鉄らしい頑丈な武骨さにあふれている。それでも車端部分には曲線を活かしたり、山岳路線用にエンジンを二基積んだり、JRになった後も愛されるようできる限りの工夫がされている。当時の国鉄マンの心意気を感じさせるようでうれしい車両だ。

この形式のユニークなのは、車両ごとにと言っていいほどシートタイプが異なることだ。急行列車用のものと普通列車があり、製造当初から椅子のタイプは異なっていた。それが、長年使用されるうちに特急車両からの派生品が取り付けられさらに変化。「座席の形は乗ってみるまでわからない」状態になっている。よほどのファンでもないと何号車がどんな座席配置か、区別はつかないのではなかろうか。私は当然わからない。改札口から見てみると、今日の車両は511番である。果たしてどんな車内なのか楽しみだ。

シートの位置によって窓のみえ方はかなり変わる。

どの車両に乗っても、基本的に特急用なみのシートなので座り心地は悪くない。ただ後から交換した座席なので、座席と窓の位置があっていないのだ。車窓を眺めたいと思う乗客にはこれは辛い。さいわい、見晴らしのよさそうな席を確保することができたので一安心。

斜め向かいの席ではシートを向かい合わせにして乾杯する人の姿も。やっぱり旅はこうありたいね、と思わせてくれる旅姿である。

座席は確保できたけど、なかなかじっとしてはいられない。生田原を出てからは最後部に移動。常紋トンネルとスイッチバック式の常紋信号所の跡を見る。鉄道建設に当たり、強制労働の歴史が残る区間の一つだ。信号所があった時代は、そこで泊まり勤務をしていた駅員たちに怪談が絶えなかったところである。北海道の鉄道は、こういう区間が実に多い。そこで落命した人を英雄扱いするのは、歴史を曲解することに繋がってしまうかもしれない。だが、彼らの労働があってこその完成だと思うと、やはり見えない英雄だと感じる。特急列車では気づかないうちにすぎることもあるが、前後を見ることができる各駅停車では列車の後ろに広がる闇に、心の中でいつもそっと手を合わせる。

常紋信号所跡。中央が本線部分。右はスイッチバックの引き揚げ線跡。

木造三角屋根が特徴的な安国駅。それにしてもこれほどたくさん取り付けなくても迷うことはないだろうに、と思うほどの駅名標。

遠軽の街のシンボル観望岩。岩山の上に登ると、遠軽の町や駅が一望できる。

列車は大きなカーブを描いて遠軽に到着した。

遠軽駅で列車は方向が変わる。

これは遠軽駅の歴史と関係がある。開業当時は北の名寄を大きく回っていたのが、のちに上川まわりの石北本線が開業。このとき駅の移設や線形の改良ができなかったためである。

進行方向が変わるため、蒸気機関車の時代は機関車を付け替えたり車掌が移動したりと、長い停車になった。今でも列車の交換や、運転士の移動などで数分間の停車になる。

この時間を使ってやることがあった。駅そばの購入である。しかし停車時間は数分、そこで食べきることは不可能だ。

現在日本最東端の駅ソバや「北一そば」。女将さんは戦後すぐからこの店を受け継いできた。いまでは遠軽駅の生き字引でもある。

昆布をたっぷり使った出汁がこのそばの特徴。

遠軽駅スナップ。かつては山の下に機関区があり、峠越えや名寄本線の機関車が大量にたむろしていた。今も、タンテーブルの跡が残っている。

遠軽駅を発車して旭川に向かう。画面の右の線路は北見・網走方面、右側は旭川に向かう線路である。

石北本線の開通には、カボチャが関わりタマネギが存続のカギの一つを握っている。

旭川~遠軽のなかで最初に開通したのは新旭川~愛別で、1922(大正11)年のこと。しかし不況のうえに上川~白滝にある北見峠が立ちはだかり、開業のめどが見えなかった。

当時、遠軽から旭川をつなぐのは、前述のようにいったんオホーツク沿いの紋別や名寄を回ってゆくルートである。輸送量も少なく、出荷もままならない。せっかく入植したものの、生きるのも困難な状況である。「このままでは飢え死にする」業を煮やした住人たちは決起し「東京にでて中央政府に訴え出る」という実力行使に出た。

陳情団は3日かけて東京にたどり着いたが外食できるような金はない。連日、遠軽産のカボチャを食べながら街頭や役所の前で訴えた。謎の集団に最初は奇異の目を向けていた市民だが、新聞や雑誌が大きく取り上げ彼らの状況がわかると支援と同情の声が集まった。その声に押されるように当時の鉄道大臣、仙谷貢との会談が実現し、鉄道の建設が決定。当初の目的を果たした交渉団は遠軽に戻った。だが「出来る限り努力したが」と反故にされてはたまらないと、総理をはじめ鉄道の所轄官庁には毎年カボチャを送り続けたという。

カボチャ陳情団の努力もあって石北本線は昭和7年に全通。札幌~旭川~遠軽~網走を結ぶ主要路線になった。北海道にはアイヌ語起源の駅名が多いが、丸瀬布~上川は少々事情が異なる。丸瀬布駅以外はすべて日本語だ。ちなみにその駅名は下白滝 旧白滝 白滝 上白滝、奥白滝、上越、中越、天幕、上川。みな日本語語源。「白滝シリーズ」に至っては見事なくらいな同工異曲だ。

その中で少々異彩を放つのが天幕駅。これは鉄道建設の準備が進められていた1896(明治29)年当時、現地で生活をしていた男の名前だ。彼は山中で難渋していた技師を助け生活の支援を行った。蕗の天幕を張って生活していたことから、本名とは別に天幕三次郎を自称。鉄道の開通は彼の没後となったが、その厚意溢れる協力に感謝し、駅名を付けたものである。

天幕三次郎はこの川の近くに住む漁師だった。

しかし現在も残っている途中駅は白滝駅のみ。天幕も白滝シリーズもこの数年で、姿を消すか信号所に格下げされた。住む人も利用者も、ほぼいないのだから仕方ない。最前部で沿線の風景を眺めていると、時折そうした廃駅跡が現れる。信号所として残ったものは、立派な交換設備があるが、かつてのホームは土塁のように崩れている。

ちなみに、昭和末期の国鉄で、最も長い駅間だったのは天北線の小石~曲淵17.7kmである。サロベツ原野の中で20キロ近い無駅空間は気の遠くなるような存在だった。しかし1989(平成元)年に同線は廃止。トップの座は、現在日本最長の駅間距離を持つのは、青函トンネルの74.8km。そして在来線では石北本線の白滝~上川36.3kmである。

白滝~上川の運賃表。この16番(白滝駅)を見ると、隣の駅までの運賃が840円となっているのがわかる。

上川駅のホームにある待合用の上屋。シンプルだがアーチ型の美しいものだ。

特急列車と交換する。車両は国鉄型ディーゼル特急のラストランナー、キハ183系だ。

苦難の歴史を越え開通した石北本線だが、現在はその存在が危ぶまれている。2011年にはその現状を現すかのように、ここを通る貨物列車の廃止が提案された。もともとお盆から翌年4月にかけて、名産のタマネギの出荷をするために走る臨時列車である。その廃止は北見の農家にとっては死活問題だ。結局、出荷組合で新たなコンテナを提供するなどの申し出で運行は継続された。タマネギは石北本線の重要な「乗客」でもある。

建設中の自動車道路。

山と緑と渓谷をともに駅の無い空間をひたすら走る。ときどき車窓に石北本線の未来が不安になるものが見える。建設中の高速道路だ。いや、国道なのかもしれない。いずれにせよあんな高規格な道路が開通したら、石北本線の命運はますます怪しくなってきそうだ。

トンネルをくぐると気候が変わる。空が美しく輝きだした。半透明の駅壁面に木々の影が美しく揺れる。当麻駅。

地方都市の人口減少や、道路網の整備など、毎年やってくる厳寒と豪雪。北海道の鉄道を巡る状況は厳しさを増すばかりである。

どこかに未来への希望が見たい、と思いながら旭川駅に到着した。これから宗谷本線で、行けるところまで北上の予定である。

《6日目・その2に続く!》

【6日目・その1乗車区間】

北見~旭川(石北本線)

文・写真/川井聡
昭和34年、大阪府生まれ。鉄道カメラマン。鉄道はただ「撮る」ものではなく「乗って撮る」ものであると、人との出会いや旅をテーマにした作品を発表している。著書に『汽車旅』シリーズ(昭文社など)ほか多数。

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