文/印南敦史

江戸時代前期から中期に差しかかる1713(正徳3)年に出版された『養生訓』は、日本で最も広く長く読み継がれてきた健康書の古典として知られる。

著者である医師の貝原益軒は、現在の薬学にあたる「本草学」を筆頭とする多くの分野に通じた偉大な学者だが、注目すべきは同書が決して難解な内容ではないということだ。

バランスよく食べ、腹八分目にとどめ、体を動かし、過不足なく眠り、楽しみを見つけ、心穏やかに健康で過ごすことの大切さと、そのための方法がわかりやすく書かれているのである。

いわば現代にも多い健康書の先駆けともいうべき、“健康になるためのノウハウ書”であるということだ。

『病気にならない体をつくる 超訳 養生訓』(貝原益軒 著、奥田昌子 編訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、明治以降も繰り返し出版されてきたロングセラーである『養生訓』のエッセンスを“超訳”という手法を用いて抽出し、読みやすく7章構成にまとめたもの。

しかも内科医であり京都大学博士(医学)でもある編訳者は、現代医学からみて事実と異なる内容は採用せず、重要な箇所には注釈として解説をも加えている。いわば310年前に書かれた名著の特色を活かしつつ、そこに現代医学にもとづくエビデンスを加えているのだ。

「暮らしの中の養生の心がけ」のなかから、いくつかを抜き出してみよう。

暗い部屋、明るすぎる部屋はよくない

南向きで出入りしやすく、明るい部屋で過ごすようにせよ。気が滅入るような暗い部屋は健康をむしばむ。
逆に、明るすぎる部屋は落ち着かず、集中できないから日常的に使ってはならない。ほどほどに明るい部屋を選び、簾(すだれ)を上げ下げして日差しを調節するとよい。(巻第五 五官)(本書87ページより)

ここでいう簾は、現代ならカーテンやブラインドということになる。

じめじめした空気を避けよ

強い風や寒さ、暑さにさらされれば、体調が悪くなっても不思議はない。風の冷たい日、寒い日、暑い日を多くの人が気にするのもそのせいだ。しかしその一歩先、湿気を気にする人は少ない。すぐには悪影響が出ないからである。

しかし、湿気はじわじわと深く体を傷つける。じめじめしたところに長居してはならず、居間や寝室の空気はつねにカラッとさせるよう、気を配ることだ。(巻第六 慎病)(本書89ページより)

背筋を伸ばして座れ

椅子に腰掛けるのは正座するより血行によいが、座るときは背筋をまっすぐ伸ばすようにせよ。左右どちらかに重心をかけてはならない。
また、しゃがんだ姿勢は腰痛を招くから感心しない。(巻第五 五官)(本書90ページより)

これなど、「座りっぱなし」が日常的になりがちな現代人に対するメッセージともとれそうだ。

息は鼻から吸って口から吐く

深呼吸する時間を一日に1、2回設けるとよい。
仰向けになって目を閉じ、姿勢を正し、足を伸ばして両足を15センチほど離す。手を握って、両肘を体から15センチ離して置く。そして新鮮な空気を鼻から吸い、次いで肺の中の汚れた空気を口から静かに吐く。落ち着いた気持ちで行い、乱暴に吐いてはならない。習慣にして長く続けると効果を実感するだろう。(巻第六 慎病)(本書91ページより)

編訳者によればこれは腹式呼吸の一種で、心身をリラックスさせる副交感神経の活動を促す効果があるようだ。

運動は苦痛のない予防医療

朝となく夜となく体を動かしていれば、消化吸収が進んで血液が全身をくまなく巡り、生命力で満たされる。鍼灸治療にも似た効果があるが、運動すれば鍼灸に伴う痛みや熱さに耐えなくて済む。やらない手はない。(巻第一 総論上)(本書95ページより)

これもまた、運動不足になりがちな現代人も心がけたいことである。

食べたら必ず歩くようにせよ

食後にのんびり座っていたり、食べたものを消化しないうちに早々と寝たりしてはならない。300メートルか、できれば500〜600メートル、庭や近所を静かに歩くことだ。雨の日は家の中を何度も行ったり来たりするとよい。(巻第一 総論上)(本書96ページより)

食後に歩くと、吸収した栄養を活動のためのエネルギーに変えることが可能に。食後の血糖値が上がりにくくなるため、糖尿病予防にも役立つという。

* * *

これらからもわかるように、とても平易で実用的な一冊。忘れかけていた大切なことを思い出すこともできるだけに、ぜひ参考にしたいところだ。


『病気にならない体をつくる 超訳 養生訓』
貝原益軒 著、奥田昌子 編訳
ディスカヴァー・トゥエンティワン
1320円

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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