取材・文/上田寿美子
日本にも海外の有名客船が続々とやってくるようになりました。中でも今年の夏は、イタリアの客船「コスタ ビクトリア」の日本発着クルーズが注目を集めています。
コースは博多(福岡県)→舞鶴(京都府)→金沢(石川県)→境港(鳥取県)→釜山(韓国)→博多(福岡)を巡る5泊6日のツアーですが、大きな特徴は、乗船する港を博多港、舞鶴港、金沢港の中から選べること。つまり、最寄りの港から出発し、また、同じ港に帰ってくることができるのです。
そこで、今回は発着港に金沢を選び、北陸新幹線、クルーズ、そして加賀百万石の観光も楽しむ多彩で、合理的なレール&クルーズの旅を計画しました。
旅の始まりは東京駅、午前11時24分発の北陸新幹線「はくたか561号」に乗車しました。先頭車両の12号車は「北陸新幹線のファーストクラス」と呼ばれるグランクラスです。
アテンダントに迎えられて車内に入ると、そこは乗客定員わずか18名のための別天地。豪華な革張りのシートは、幅が約52センチもあり、最大45度のリクライニングが可能。床にはウールカーペットが敷かれ、高級感を醸し出していました。
和食または洋食から選べる軽食と、10種類以上のドリンクサービスも旅情を盛り上げます。特に、加賀梅酒のスパークリングワインは北陸新幹線のグランクラスの名物だそうです。
沢山のトンネルを抜け、車窓から、長野の山並み、日本海の景色などを眺めているうちに、はくたかは金沢に到着。東京から座ったまま、2時間52分で金沢市の中心地に運んでくれる、快適な鉄道の旅でした。
金沢港に到着すると、目の前にコスタ ビクトリアの白い船体と、黄色に青いCの文字が描かれたトレードマークの煙突が現れました。かつて、この船を見たのは地中海や、カリブ海。懐かしさに加え、7月から9月という最盛期にコスタ ビクトリアが日本発着クルーズを行う日がやってきたのかと、日本の新クルーズ時代の息吹を感じました。
コスタ ビクトリアを運行するコスタクルーズは、1854年イタリアのジェノバで創業者ジャコモ・コスタがオリーブ油の貿易会社を始めたことに端を発し、1947年にイタリア~南米間の定期客船運航を開始したヨーロッパ最大級のクルーズ会社です。
コスタ ビクトリアは、総トン数7万5千トン、全長253m、乗客数2394名。吹き抜けのアトリウムには、ガラスのエレベーターが上下し、劇場、ラウンジ、プールからテニスコートまで完備しています。
午後7時、コスタ ビクトリアは、北陸を代表する津軽三味線の演奏団体「明宏会」の民謡演奏に見送られ、夕日に染まる日本海に向けて船出しました。
ところで、コスタ ビクトリアはイタリアの船ですが、日本発着クルーズでは、日本の乗客に乗りやすい数々の工夫もなされていました。
例えば、夕食は選択式のフルコースメニューですが、メインダイニングの入り口に、今夜の全ての料理とデザートのサンプルを並べ、各々に料理名と番号が書かれていました。もちろん、日本語のメニューもありますし、注文は欲しい料理の番号を言えばよい簡単なシステムなので、「言葉の壁を越えて料理を楽しめる良いアイディアだな」と思いました。
初日の夜は、エビのケイジャンサラダ、ポテトクリームスープ、牛肉の赤ワイン煮込み、レモンシャーベットを選択すると、ウエイターが「イタリアの船ですからパスタもいかがですか」と勧めてくれました。そこでリガトニのナポリソースも追加注文。五泊六日で5万9千8百円から乗船できる手ごろな料金の中には、食事代も含まれていますが、手を抜かないサービス精神に感心しました。
夕食後はコスタ名物の仮面パーティーです。ベニスのカーニバルをイメージして行われるイベントは、マスクをつけた男女のエレガントなダンスから始まりました。そして、来場者にもマスクが配られ、会場は少し怪しげな雰囲気に・・・。スタッフの先導でマスクをつけた人も、つけていない人も陽気に踊る舞踏会となり、コスタ ビクトリアの夜はイタリアのムードいっぱいに更けていきました。
翌朝は、鳥取県の境港に到着。日本海側の重要港であり、漫画家水木しげるの故郷としても有名です。
町には、水木しげる記念館があり、ゲゲゲの鬼太郎の誕生物語や、直筆の絵画などが展示されているので、ファンには必見の場所といえるでしょう。前を通る水木しげるロードには、ねずみ男など153体のブロンズ像が並び、妖怪の世界に迷い込んだような摩訶不思議な面白さを体験しました。
車で、隣接する島根県へと足を延ばし、国宝・松江城も訪問しました。1611年に落成した松江城は、大部分が黒く厚い下見板張りで覆われた風格ある姿が特徴で、入母屋破風が、羽を広げた千鳥のような格好なので、千鳥城とも呼ばれています。
松江には、それにちなみ、和服で案内してくれる「ちどり娘」というガイドさんもいるので、松江城の天守閣まで案内してもらいました。四方を見晴らす望楼式の天守閣には涼やかな風が流れ、松江の東西南北が一望のもと。今もなお城と一体化した、古式ゆかしい城下町の風景が圧巻でした。
松江城の濠は築城と同時期にできたそうで、今も豊かな水をたたえています。そんな堀を乗り合い舟で巡る「堀川めぐり」の遊覧船は、歴史あるお城の堀を遊覧できるユニークな小舟の旅。一周約50分で、城壁や、小泉八雲の旧居など、昔の面影を留める街並みをお濠から見物できます。さらに17の橋があり、低い橋の下を通るときには遊覧船の屋根が低くなるのも、スリルがあって人気です。
お昼は、明治21年に創業し、以来、芥川龍之介をはじめ多数の文豪が愛した宿「皆見館」の家伝料理・鯛めしとなりました。考案者は皆見館の初代板前長で、松江藩7代目藩主松平不昧公が「汁かけご飯」を好まれたことにヒントを得たと伝えられています。
鯛のそぼろ、黄色と白の卵、海苔などの色とりどりの具を白飯の上に乗せ、出汁をかけていただく鯛めしは、目に美しく、食べておいしい逸品。目の前に広がる宍道湖の景色もご馳走の一つとなりました。
島根県には、世界に名だたる「足立美術館」もあります。横山大観の作品蒐集家としても有名な足立全康氏のコレクションと、日本庭園のコラボレーションは独特の世界観に満ちていました。庭園のすばらしさは海外にも名高く、アメリカの日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」で13年連続、日本の庭園の第一位に選ばれているそうです。
順路に沿って歩いていくと、順次表情を変える庭園は味わい深く、時には絵画を鑑賞するように額縁型や、掛け軸型の窓から見る仕掛けもあり、まさに、天然と造形が融合した芸術作品でした。
鳥取県の境港に戻ると、岸壁では地元の子供たちの素敵なおもてなしが待っていました。それは、「子ども茶席」。普段、公民館で茶道を習っている子供たちが浴衣を着て、岸壁でお抹茶を立て、ふるまってくれたのです。お菓子は地元の銘菓「妖怪饅頭」。その可愛らしい応対に、心が和みました。
その後、竿に沢山の提灯を吊るした「がいな万燈」の妙技と、「また来てごしないよ~」の横断幕に見送られ、コスタ ビクトリアは、境港に別れを告げました。船が見えなくなるまで、手に持ったヒマワリを振り続けてくれる大勢の人々に、手を振りかえしながら、クルーズならではの訪問港での触れ合いに、大きな感動がこみ上げてきました。
そして、鳥取県と、島根県で日本情緒を満喫した夜、コスタビ クトリアでは、日本海の上とは思えないイタリアンスタイルのロマンティックな催しが開催されたのです。
どんなイベントが行われたのか、次回をお楽しみに。
このクルーズに関する問い合わせ先
www.costacruisesasia.com
取材・文/上田寿美子
クルーズライター。日本旅行作家協会会員、日本外国特派員協会会員。クルーズ旅行の楽しさを伝え続けて29年。外国客船の命名式に日本を代表するジャーナリストとして招かれるなど、世界的に活動するクルーズライター。旅行会社などのクルーズ講演も行う。著書に『豪華客船はお気に召すまま』(情報センター出版局)、『世界のロマンチッククルーズ』(弘済出版社)、『ゼロからわかる豪華客船で行くクルーズの旅』(産業編集センター)など。2013年からクルーズオブザイヤー選考委員。