文・写真/上田寿美子
※前回の記事:船は京都・舞鶴へ!日本海側の景勝地を巡り、船上では縁日を楽しむ。【コスタ ビクトリア日本発着クルーズ第3回】
イタリア船の終着地点は加賀百万石の城下町!金沢の新旧の魅力を訪ねる
いよいよ、コスタビクトリアのラストナイトがやってきました。プールサイドの縁日のあとは、バーに立ち寄り、粋な生バンドの演奏と共に、マーティーニを1杯。そして、客室に戻ると、ベッドの上にかわいいお客様が待っていました。
それは部屋係が造ってくれたタオル細工のウサギです。横には「SAYONARA, ARIGATOUGOZAIMASU」と書かれたカードが添えられ、この船のぬくもりが伝わってきました。
翌朝、コスタビクトリアは金沢に到着。これで日本海側の景勝地と韓国を巡った5泊6日の船旅は終了です。岸壁には「ミス加賀友禅」や「加賀友禅大使」の方々が、華やかに出迎えてくれました。
金沢は、何といっても加賀百万石のおひざ元。そこで、クルーズのあとに1泊して、金沢の文化や味覚も探訪することにしました。
まず訪れたのは、港の一角、大野地区にある創業1911年の「ヤマト醤油味噌」です。白山水系の豊かな水、北前船の運ぶ麦や大豆、そして能登の塩が集まる大野は、古くから醤油造りの盛んな土地柄で、江戸時代から全国五大醤油生産地の一つに数えられてきました。
伝統を現代にもつなげる「ヤマト醤油味噌」は、海外でも評価が高く、パリのミシュラン3星レストラン8店でも、同社の醤油が使われているそうです。
内部に入ると観光客が、醤油やみその製造工程を学んだり、醤油絞り体験ができる「糀パーク」がありました。そこで早速、醤油絞りに挑戦してみました。大きな布袋に醤油の元となるもろみを入れ、圧搾機のレバーを回すと、澄んだ濃い紫色の液体がたらたらと流れ出し、生醤油の香りが立ち上りました。
これまで茶色のイメージがあった醤油ですが、なぜ「紫」と呼ばれるのか、これを見て納得しました。そして、搾りたての醤油を瓶に詰め、ラベルの制作者欄に「上田寿美子」と名前を書けば「マイ醤油」の出来上がりです。
世界に1つだけのマイ醤油を持ち、向かったのは「宝生寿し」でした。金沢でも有名なお寿司屋さんで、築約150年の北前船の商家を改装した店舗はレトロの世界。ここでは、「ヤマト醤油味噌」で絞ったマイ醤油を持ち込んで刺身やすしを食べることができるのです。
中トロ、ウニなどに加え、ノドグロ、コノワタなどの北陸ならではのネタも豊富で、ご主人の握る絶品のお寿司に、出来立てのマイ醤油をつけて食べるのは格別のおいしさ。他ではなかなかできない体験に思わず笑みがこぼれました。
今日のティータイムは、豪華な日本茶とスイーツのフルコースです。石川県出身の世界的なパティシエ辻口博啓氏が石川県立美術館内にオープンした「ルミュゼ ドゥ アッシュ」は、北陸の食材をふんだんに使ったスイーツの店。その奥まった個室に入ると和の茶と洋の甘味の共演が始まりました。
季節のお茶と能登梅のゼラチン包みから始まり、フルコースの最後は、自分で焙じた結びの茶(ほうじ茶)とピスタチオのグラス(アイスクリーム)という、繊細な中に遊び心を感じる優雅なひと時となりました。
ところで、金沢は文字通り「金」の町。金沢と金箔の結びつきは、1593年、加賀藩主前田利家が豊臣秀吉より、領地で金箔、銀箔の製造を命じられたことが始まりといわれています。伝統を継ぐ金箔工芸品はもとより、金沢の街を歩けば、金箔コスメから金箔ソフトクリームまで、目がくらむばかりの金尽くし。
そこで、金箔工芸の「さくだ」で箸の金箔貼体験に参加しました。まず箸にテープを巻き、絵柄部分を確保し、そこへ金箔を巻き付けるように貼り付け、テープをはがすと、今度はマイ箸の完成です。金沢では、伝統品の工程を学びながら、世界に一つのマイ○○が作れるのも魅力です。
今日の宿「滝亭」は、金沢の中心地から車で約15分の場所にあるとは思えない閑静な旅館です。犀川の上流を望む露天風呂つき客室は、まさに金沢の奥座敷。川のせせらぎと、鳥のさえずりを聞ききながら入浴すると、心も体も安らぎ、極楽気分を味わいました。
夕食は、山海の珍味と加賀料理のオンパレード。鮑やウニ入りの蒸し物、夏松茸入り鱧の椀、ノドグロの焼き霜造り、庄川鮎の塩焼き、地物毛ガニと金時草、夏鴨の治部煮、能登牛ロース焼きしゃぶ等々と、それにぴたりと合う地酒、さらに、九谷焼、輪島塗などの見事な器の数々は、北陸の多彩な味覚と奥深さを満喫させてくれました。
翌日は、金沢の名所・兼六園へ。加賀藩の藩庭を起源とする日本三名園の一つです。豊かな水をたたえる霞が池と、その北側にたたずむ徽軫(ことじ)灯籠の織り成す四季折々の表情は、金沢を代表する景観といわれています。
ところで、近江町市場は鮮魚・青果から衣料品店まで並ぶ金沢の台所。市場の果物店で幻のブドウ・ルビーロマンを発見しました。今年の初セリで1房110万円の値が付いた、石川県産の超高級ブドウです。
鮮魚店には旬の能登産岩ガキが山積みされ、その中の1つ島田水産では、目の前で殻を開け、観光客にも食べやすい形で出してくれます。岩ガキの立ち食いは、初めての体験ですが、ぷっくりと太った身を丸ごと口に入れると、天然の潮気と、ミルクのような濃厚な味わいが広がりました。
そして、今回の旅で最後に訪問したのが金沢21世紀美術館です。「世界の『現在(いま)』とともに生きる美術館」をミッションに、世界の同世代の美術品を展示し、今に生きる表現に向き合う場として、大変注目を集めています。
恒久展示作品の一つである「スイミング・プール」は1973年生まれのアルゼンチンの芸術家レアンドロ・エルリッヒによる不思議な作品。庭に設置されたプールを見下ろすと、波立つ水面の下に、なんと洋服を着た人間が動いているではありませんか?
この仕掛けの秘密を知りたい方は、ぜひ21世紀美術館で実際にご覧ください。斬新で、日常感覚を揺さぶる芸術作品との対面も、きっと嬉しい驚きとなるでしょう。
1泊2日の短い滞在でしたが、前田家の栄華をしのぶ旧跡、石川県の豊かな味覚、加賀の伝統文化を今に伝える体験、そして金沢の中心から未来へ向けての芸術発信など、新旧の魅力満載の金沢紀行となりました。
そして、イタリアの客船で日本海を巡り、古都金沢にも滞在した充実の旅は、北陸新幹線のグランクラスで帰路に就くという、新感覚のレール&クルーズ夢旅行として幕を閉じたのでした。
来年は、同じ会社のコスタネオロマンチカによる、日本発着クルーズが4月から10月にかけて30回以上行われ、その中には5日間の金沢発着ショートクルーズもあります。(クルーズ代金の一例:7月28日発金沢→釜山(韓国)→福岡→舞鶴→金沢4泊5日、通常代金62,800円から、早割代金40,800円から、早割ビュッフェ代金【メインダイニングは利用できません】30,800円から。別途港湾税、政府諸税、チップが必要。早期割引適用は2016年10月31日まで)
2012年に大改装したコスタネオロマンチカ(5万7000トン、乗客定員1800名)は、今回のコスタビクトリア(7万5000トン、2394名)より小型で、ワイン&チーズバー、チョコレートバーなどがある、おしゃれな雰囲気の客船です。2017年は金沢発着の気軽なイタリアスタイルの船旅をぜひお楽しみください。
※このクルーズに関する問い合わせ先
www.costacruisesasia.com
取材・文/上田寿美子
クルーズライター。日本旅行作家協会会員、日本外国特派員協会会員。クルーズ旅行の楽しさを伝え続けて29年。外国客船の命名式に日本を代表するジャーナリストとして招かれるなど、世界的に活動するクルーズライター。旅行会社などのクルーズ講演も行う。著書に『豪華客船はお気に召すまま』(情報センター出版局)、『世界のロマンチッククルーズ』(弘済出版社)、『ゼロからわかる豪華客船で行くクルーズの旅』(産業編集センター)など。2013年からクルーズオブザイヤー選考委員。