写真・文/yOU(河﨑夕子)
シャンパンの酔い方と言うのは実に不思議だ。飲むとすぐにふわりと高揚して、心地よく幸せな感覚に捕らわれる。そして斜面を急降下するようにさっと酔いは覚め、また次に飲めるのだ。
そんな魅惑的な飲み物「シャンパン」の生産者を訪ねて、フランスの北東部シャンパーニュ地方を訪ねた。
今回は「シャンパーニュ地方の中心ランス周辺のシャンパンメゾンを巡る」で紹介した“メゾン”よりも小規模の栽培醸造家(“ヴィニュロン”)の中から、筆者が訪ねた3つのシャンパンハウスをご紹介する。
■1:ジュイエ・ラルマン
http://www.champagnejuilletlallement.com
自社畑で収穫した葡萄のみを使用し、醸造から出荷までを一貫して自社で行う造り手のことをレコルタン・マニピュラン(RM)と言うが、”ジュイエ・ラルマン”もその一つ。
シャンパーニュ地方の広大な畑の中でもグラン・クリュ(特級畑)の多いモンターニュ・ド・ランスのヴェルジー村に居を構え、現在の2代目ジャン・ラルマンは父親の元に修業を重ねて2003年から独り立ちした。
彼らが所有する畑はわずか4ヘクタールの広さでありながら全てがグラン・クリュ(特級畑)。そしてジャン氏自らが品質を把握して安定させたいという思いから、生産量を年間25000本に抑え、ヴィニュロンでも最小規模と言われている。
当主ジャン氏の畑でズッキーニやピーマン、トマトなどを見せてもらった。自給自足のライフスタイルをベースにしたオーガニック思考は、最近ワイン造りの世界では「ビオディナミ」と呼ばれて注目されており、彼らのシャンパン造りにも大きく影響を与えている。
ビオディナミとは有機農法・自然農法の一種で、太陰暦・占星術に基づいた「農業暦」にしたがって種まきや収穫、調合剤の攪拌などを行なうとともに、牛の角や水晶粉などの特殊な物質を利用することで土壌の改良などを目指すもの。
ジャンさんに案内され、彼の家族との生活圏内に案内されると、ツリーハウスに手作りブランコ、そして色とりどりの野菜が育つ畑が広がっていた。
リザーブワインを含めて一次発酵中のスティルワインが眠るオーク樽やタンクを備えた空間は、メゾンに比べてとてもコンパクト。地下のカーヴも決して大きくはないが、それでもやはり歴史を感じる趣があった。
見学を終えると気持ちのいい風が抜けるツリーハウスで試飲をさせてもらうことに。酸とコクのバランスが夏の日差しによく合うジュイエ・ラルマンのシャンパンは、パリでも人気が高く、スタイリッシュと評される意味がわかった。
■2:ワリス・ラルマンディエ
http://www.waris-larmandier.com/en/
続いてご紹介するのも、前出の「ビオディナミ」に移行したてのヴィニュロン”ワリス・ラルマンディエ”。1989年創業の比較的新しい造り手で、創業者亡き後、奥様のマリーさんが受け継いだ際に子供達とともに「ビオディナミ」への移行を決め、5.5ヘクタールの自社畑の土壌を5年に渡って少しづつ整え、去年からようやく完全オーガニックにシフトできたそうだ。
現在は長男ジャン氏が継いで、伝統的農法を用いつつも今の時代に受け入れられる新たなシャンパン造りのため、さらなる品質の向上と安定を図っている。
シャルドネの産地コート・デ・ブランの南部アヴィーズ村にある可愛らしい彼らのシャンパンハウスは、タチアオイやゼラニウム、ラベンダーが鮮やかに咲くとてもチャーミングな所だった。
ワリス・ラルマンディエのボトルは、ご覧の通りとても芸術的で美しい。マリーさんがアート好きであるところから、女性デザイナーと共に創られたボトルのデザインは、ジュエリーや陶器なども使われてペイントされている。
そして試飲したエクストラブリュットは、とても力強くもエレガントで一度飲んだら忘れられない味となった。本数がまだまだ少ないため、日本で手に入れられないのが非常に残念だ。
■3:クリストフ・ミニョン
http://www.champagne-christophe-mignon.com
最後にご紹介するのは、独自の「ビオディナミ」スタイルを築いているRM(レコルタン・マニピュラン)の”クリストフ・ミニョン”。葡萄栽培農家として5代目の彼は、マルニ渓谷のフェスタニー村に6.5ヘクタールの自社畑を持ち、家族経営でシャンパン造りを行なっている。
シャンパンは主に白葡萄のシャルドネ、黒葡萄のピノ・ノワールとピノ・ムニエの3品種が使われていて、大抵はシャルドネかピノ・ノワールが主体となり、ピノ・ムニエはそのまろやかさゆえに補助的に使われることが多い。しかし彼の造るシャンパンは、このピノ・ムニエを主体にするばかりか、100%使用するシャンパンまで造っているというから驚きだ。
この品種の個性をしっかりと引き出すために、彼は栽培から醸造、出荷まで様々な努力を惜しまない。「デコルジュマン」と呼ばれる澱抜き作業も出荷が決まってから行うほどの徹底ぶりである。
ミニョン氏のシャンパンのエチケットには月の絵が描かれているのだが、これは彼が「ビオディナミ」農法のベースにある太陰暦に基づいた農業暦を用いており、月の満ち引きにしたがって葡萄の種まきから収穫までを行なっているからだ。
また雨水を活用し、浄化するための独自の考え方や方法もご披露いただいたが、彼の哲学はとても個性的で他では見たことのないアイテムに幾つも出会うことになってしまった。
ミニョン氏のシャンパンは、まろやかなピノ・ムニエの個性をしっかりと引き出して力強さと奥行きを与えつつ、エレガントな色と泡に集約される。
小規模にしてグラン・メゾンのシャンパンにも決して引けを取らないほどの品質で、非常に完成度の高いシャンパンではないだろうか。
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以上、フランス・シャンパーニュ地方にある、筆者が訪ねた3つのシャンパンハウスをご紹介した。
このように一言にシャンパンといっても造り手の規模や考え方、畑の土壌や気候、そして葡萄の品種、醸造環境や方法によって無数の味があると言えよう。
「それならまだ飲んだことのないシャンパンに出会いたい」と、またもや奥深い魅惑の世界に危ない一歩を踏み出してしまうのだ。